「だ……、だっておかしいではないか! 帰るべき世界があると信じることはちっとも不自然なんかじゃない、むしろ、誰だってそう思っている、当然のことだ! お前たちはこの世界で生き延びることができるのに、俺が、俺たちが消えてしまうなんてそんなこと、そんなことっ……、おかしいだろう? おかしいだろう?……俺はただ、当然のことを求めているだけじゃないか。俺はただ、元のように生きたいと思っているだけだろう! なぜ、それができないの? ディオラマのシナリオが成功したら模倣は必要ないだって? その中で、創られたものであろうと、計算された性格であろうと、確かに生きているのだ、俺たちは。それなのに、そんな簡単に俺たちは必要なくなってしまうのか? 本当に生きているんだ、ほら、生きている! 俺は生きている! 俺だけじゃない、左近も、兼続も、清正も、正則も、秀吉様も、おねね様も、幸村も、舞兵庫も、紀之介も、行長も、浅野殿も、毛利殿も、佐竹殿も、宇喜多殿だって! ちゃんと、ちゃんとやるべきことはやる、だから、俺は生きたい! 模倣の世界で、皆と、生きたい! だから、必要ないなんてこと、言わないでくれ……」

「左近にどうかしろなんて話はしたって無駄ですよ。その、外の人間とやらに言うことです。それにこれは一つの仮定だ。全てを真に受ける必要なんてありゃしませんよ。ただ、そういう可能性もある。それは不確定な未来であり、決して確立された信頼できるものではないということを知っておいてほしいだけです。あなたの話では、このディオラマという世界だって所詮は、外の人間が生きた『真の世界』の模倣にすぎないんでしょう? 都合が悪くなったらいくらだって消されてしまう。そういう意味では、この世界だっていつ消えてしまうかもわからない代物であるということです。普通に思考し、会話し、感情を持ち、生きていても、気付く間もなく無と還っている可能性がある。俺たちはそれを知ることができない。消えてしまうから。それが幸福かどうかは知らないが、それを知ってしまった左近はその恐怖を少なからず持ち続けるのですよ。左近だって、どうにかできるものでしたらどうにかしますよ。けれど、それは左近が手に取ることのできない世界の話だ」

「……い、嫌だ、生きたい……、俺は、生きたい、左近に会いたい……、左近に会いたい! 帰りたい! おかしい、おかしい……。なぜ、外の人間は俺を創った……、ディオラマを創って、ご丁寧に模倣まで作って、なにを得たい? 人間が未来に滅びるのは、人間の業ではないか! どうして、こんなことをした! 人間は自分たちの行いによって死んでゆくのだ。どうして俺がそのばかな人間たちのために、生きて、消えなくてはならない! 死ぬことはできない、ただ、成功するまで、延々と、ずっと、生きなくてはならない! また、なにもかもを忘れて生きる! そして、いつの日か、このシナリオを成功させて……、俺は、消えるという! どうして、俺はこんなことをしなくてはならないのだ! 助けて、誰か、誰か助けて……」


嫌だ、嫌だ、生きたい、死にたい。
消えずに、俺が納得したときに、死にたい。
生きて、生きて、生き抜いて、泰平の世に微笑みながら年老いて死にたい!
それが、当然の望みだろう? 人間として、当然の!


「俺は、人間じゃない……? 俺は、外の人間からしたら、人間ですらないということか? 俺はなんだ? ただ、生きていると思っているだけの家畜にしかすぎないのか? ディオラマの模倣という箱庭の中に生かされている家畜か? 俺に命など存在しない? 従って死なんてものはありえない? だから創るのも消すのも簡単なのか? なあ、俺は」
「いい加減にしろ」
「なあ、左近、なんで俺がこんなことをしているのだ? どうして、こんなところにいて、不自由の中で足掻く必要がある? おかしい? おかしいと思うことすら、おかしい? これが当然なのか? 天命ってなんだ? 誰がそんなことを決めたの? 生きたいと願うことが普通だろう? 普通ではない俺が普通を願うことがおかしい?」
「いい加減にしろ!」
「……わからない、わからない、わからない! 誰が答えをくれるのだ!」


もうなにも考えたくない。
以前とは違う。考えることが多すぎて諦めるのではない。
考えたら、俺は、なにもかも放り出すに違いない。
左近が半端に賢しいせいで、俺は考えることのなかった世界を見てしまったのだ。


「人の話、なにも聞いていないですね。飽くまで仮定ですって。どうして都合よくそこだけ耳を休めてしまうのですか? そういえば最初に耳がない耳がないって騒いでいましたっけね……。まあそんなことはどうでもいい。左近はただ疑問に思っただけです。予想外にあなたが取り乱すから、少しどうしたらいいのかわからない。でも考えられないことでもないだろう? そんな不安定なもののために、あなたはどれだけのことをここでする気ですか? 未来を変えるだって? 冗談じゃない。あなたが変えるべく生まれた存在だとしても、それをできる意志を持っていない。あなたは水に浸し続けた木のようだ。まるで、なにも考えていない。ただ、目の前に差し出されるはずのものを得るために、それをこなそうとしている。あなたはそれでいいかもしれない。外の人間とやらもそれでいいかもしれない。だが、この世界に生きる人たちは? あなたは自分のことばかりだ。おこがましいほどに自分に忠実だ。あなたの挙動一つで、この世界に生きる人間が、死に、あるいは生きることを実感しないのか? 考えたことがおありで? 考えたことがあるのならば、そんな発言出来やしない。あなたはディオラマなんてどうでもいい。ただ、自分が模倣の世界に帰るためだけに、動いている。帰れるかなんてわからないのに。……あなたの置かれた状況がどれほどつらいものか、左近には想像しかねます。心無い言葉を言ったかもしれません。ですが、あなたはもっと考えて、ご自分の立場を振り返るべきです」

「仮定……、意志、ディオラマに生きる人……、俺の、立場……、知らない、そんなもの、知らない……。考え方なんてわからない……。なにをどう考えればいいのかわからない、考えたくない、考えたくない」
「考えるんだ。考えても解決なんてしない。だが、考えるんだ。考えることを放棄したら、あなたはただの傀儡にしかなりえない。それはあなたが望んでいることか? 違うだろう。あなたは自分の意志を欲している。権利を欲している。外の人間になすがままに、消されてしまうことを恐れている。ならば、あなたはまず考え、自分を確立させなくてはならない。それがなにかの解決になるか? いいや、それは知らない。それでも傀儡になりたくないのならば、考えるべきだ」

「カイライ……」
「賢くないと自分に逃げ道を作っているだろう? 考えてもわからないから、ばかだから、あほだから、言葉を知らないから……、それは『理由』にはならない。考えることに賢さなんていらない。どれほど拙くとも、考えることが必要だ」


なにも考えたくない、だけど、考えなくてはならない。
爆ぜる脳内に反応して、視界も白くなる。

……考えることが、必要。
何も考えていなかったわけではなかった。けれど、もっと大切な、根本的な問題には気付きもしなかった(見向きもしなかった)。それは、他人からすれば『考えていない』と同じ意味なのだろう。
俺も、今までなにも考えていなかったと思う。
頼むから、誰か、俺の隣で眠っていてほしい。




desire







09/16