俺の言葉がシリメツレツ(尻滅裂かと思ってなんの話かと思った)らしく、左近は何度も「意味わからん」と言いながら俺に質問してきた。それでもなんとか現在の状況まで説明しおえ、ついでにさっき考えたことも奇跡的に覚えていたので話しておいた。すると左近はうーん、と唸って天井を見上げてしまった。
天井の木目がたまに人の顔に見えることがある。……あ、あれは清正っぽい。あっちは正則。こっちは……、タヌキ。この部屋は、嫌いだ(俺の使っていた部屋と同じ部屋なんだが)。清正と正則ならむしろ『へいかもん』だ(どんとこい、という意味らしい)。しかしタヌキはお引取り願いたい。……天井を見上げるたびにこう思っている。……そういえば、あっちのほうに兼続そっくりの顔があったな。お、あんなところに行長そっくりの顔が!


「殿……、なにが楽しいのですか」
「あ、ちょっと木目を見ていたら楽しくなってしまってな。あっちは清正、こっちは正則、……あれはタヌキ、あれは兼続、これは行長。おもしろいな」
「はあ……」


石田三成も同じことを考えていたのかな。それとも木目には興味なんてないのかな。寝るときは灯りを消してしまうから見えないから、灯りをつけている仕事中によく眺めている。
左近は眉間にしわを寄せて木目を睨んでいる。そんな睨むこともないだろうに。


「まあ、直江殿や小西殿、大好きですものね、殿は」
「清正や正則も好きさ。タヌキがいなければ完璧なのに」
「……それじゃないですか?」
「なにが?」


なんのことだろう。左近は目を細めて清正と正則の顔を眺める。


「こちらの殿は、加藤殿と福島殿と仲が悪いんですよ」
「えっ、なぜ! 秀吉様の下で同じお釜の飯を食った仲ではないか。あんなおもしろくていいやつたちと仲が悪いなんて……、石田三成はもしや……、嫌なやつなのか?」
「……そんなこたありませんよ」
「……あ、悪い。失礼なことを言ってしまった」


いくらなんでも、ひどいことを言ってしまった。俺のほうが嫌なやつではないか。左近がムッとしているのが簡単にわかった。
模倣とディオラマでも、人間が違うらしいということは知っていたのに、俺の杓子で物事を判断してはならない……のだ。うむ。今、難しいことを考えた気がする。


「いいえ……、違う人間なんですものね。そう思うのも無理はないと思います」
「……すまない。……えっと、清正と正則との仲が悪いせいで『西軍敗北』なのかな? だとしたら二人と仲良くすればいいんだな?」
「そう簡単にいくとは思いませんがねえ……。しかし、敗北か。嫌な響きだ」
「今回は『勝利』だぞ」
「しかし、『敗北』するはずの未来なんでしょう?……こうして得体の知れない力を借りなくては勝利できんとはね」


得体の知れない力。
……左近にとって、俺は得体の知れない存在なのか。少し、悲しい。けど、俺も似たような気持ちなのかもしれない。得体の知れない力によって、ここにいる。いや、得体は知れている。未来の、外の人間だ。


「ああ、仲が悪いのはそのお二人だけではないですよ。殿は敵を作りやすい人ですから」
「なに……、なら、朝鮮出兵で清正たちが帰ってくるまでにたくさんの人間と仲良くならなくてはならないのか……。あ、ちなみに、仲が悪いって『ばーか!』『ばかと言ったお前がばか!』っていうケンカすることか?」


あまり誰かと仲が悪くなったという経験がないから、正則とのケンカくらいしか頭に浮かんでこない。あのときばかりは、しばらくお互いに無視しあっていた。けれど、寂しいし悲しいしでお互いに謝った記憶がある。
これなら、謝って握手でもすれば充分なんだけれど。
……もし、俺とタヌキくらい仲が悪かったら絶望的だが。


「はあ……? そんな子供じゃあるまいし……。まあ、仕事上しかたなく顔をつきあわせてるというモンじゃないでしょうかね? 直接口にはしなくとも、殿のことを疎ましく思っている人間は多いですよ。一朝一夕じゃ無理なお話でしょうな」
「……自信がなくなってきた。左近、どうしよう」
「どうしようなんて言われても……」
「だ、だって、今は朝鮮出兵でたくさん人が行ってしまっているではないか! 俺だって多分、そうほいほい朝鮮に行ける雰囲気でもないし……」
「たしかに、殿は主に朝鮮に行っている方と仲が悪いですからねえ」
「……絶望的だ」
「朝鮮攻略もドン詰まり。しばらくは帰って来れませんよ……。秀吉様がご存命の間は」
「不吉なことを言うなアホ!」


模倣の世界では、秀吉様はまだお元気だ。だがなにぶん高齢だ。いつに突然体調を崩すかわからない。……ああ、不吉不吉。
そんなとんでもないことを平気で口にするなんて、左近はなんて怖いんだ。……まあ、事実と言ったら、事実なんだけれど、そうなんだけれど、口にしたら本当にそうなることがいつの日か来ると思ってしまう。


「アホってねえ……、夢ばかり見ていてもしょうがないでしょう」
「秀吉様が生きていも、朝鮮出兵は終わらせる! 秀吉様に考え直して欲しいと言っている!」
「こちらの殿だってそうでしたよ。ですが、だめです。秀吉様は朝鮮攻略という途方もない妄執に囚われている」
「モウシュウだかなんだか知らんが、俺はなにがなんでもこの世界での役目を果たさなくてはならないのだ! そして、さっさと元の世界に戻るのだ!」
「……元の世界?」
「そうだ、ディオラマの模倣の世界へ帰る!」
「……確証は?」
「確証?」


あぐらを掻いていた左近は、左足を上にして膝に手を置いた。いやに真剣な雰囲気になり、自然と緊張する。
なんだ、なにを言う気だ。


「模倣の世界が此度のシナリオにおいてディオラマの足りないものを補うものだとし、その役目を無事に果たすとする」
「……あ、ああ。えっと、石田三成と俺を交換して、『西軍勝利』にすることだな」
「そうです。……で、その役目を終えた場合、ディオラマのシナリオは無事に成功する。そのとき、模倣は今後必要になるか?」


とたんに冷や汗が噴き出した。
こんなこと、考えただろうか? いいや、考えなかった。俺のいる世界は当然のように、俺が帰るために存在するものだと信じて、疑わなかった。


「……必要、ない、と、思う」
「そうだ。少し酷かもしれませんがね、模倣の世界は必要ないんですよ。外の人間とやらがその模倣を維持するのにどれほど手をかけているのか知りませんが、面倒ならばさっさと手放すでしょう。このディオラマを面倒見るので充分だ。そしてまたシナリオを変えたければそれに応じた新しい模倣を作るだけだ。あなたは帰る場所があるのかないのか? そんなあいまいなものを目標にして、なにを達成できるのですか?」


左近の言葉があまりにも温度を持っていない気がする。
俺が怒らせた? それとも真実を言っているだけ? 俺はどうなる?




imagine







09/16