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くるりと濃い紅の椿が空を飛ぶ。はたりと落ちたそれを拾い上げた慶次は花びらをぷちりとちぎり取る。風に乗って飛んでゆく花びらはくねくねと動く。それがおかしい俺は笑っている。
俺が笑っているのは、それだけが理由でもなかった。慶次の言うそれが本当のことでも、俺を騙す嘘だとしても、おもしろいのだ。
『悲しいが、これが現実さ』
口元だけ笑った慶次は、またひとつ花びらを飛ばす。そよ風に吹かれたそれは俺に向かって飛んでくる。俺はそれを両手でパチンと挟み、見事に受け止めた。桜の花びらが地面に落ちるまでに手に取ることができたら、願いが叶うらしい。椿でもいいのなら、願いが叶うはずだ。
『なにが悲しいの? おもしろい話じゃないか』
『……今回のシナリオは、きっと、「西軍勝利」だ』
『せいぐん?』
『ああ……、石田三成が、勝利した場合の話だろう』
『石田三成が、いつ、負けるのだ?』
『ずっと、先の話さ』
*
「ハッ……」
いかんいかん、うたた寝してしまっていた。
まず、考えなくてはならんことを考えよう。
『俺がなにをするのか』これが一番の難題だ。多分。この世界に来たのはいいけれど、なにをすればいいのか具体的によくわからん。外の人間が教えてくれるものだと思ったのだが、なんも言われていないぞ。
石田三成と俺は全然違う。この違いを主張すればいい話なのかな。でも、それでどれくらい未来が変わるのだろう。歴史が変わるほど大きな違いなのか? 石田三成の性格が違うことが。
そういえば、慶次が『西軍勝利』のシナリオと言っていたな。ということは、……どういうことだ?
『西軍』とは石田三成の軍だと言っていた。だから、本当なら『西軍は敗北』しなくてはならない。だが、『勝利』のシナリオをするわけだから……、そのために俺がいるわけだから……、そうか!
『石田三成がなんらかの原因で西軍が敗北する』ということか! その『原因』を俺が取っ払ってしまえばいいのだな!
なんだか本当に、賢くなった気がするぞ。左近が見たらきっとびっくりするに違いない。早く驚いた左近が見たい。
けれど、何が『原因』なんだろう? どうして石田三成ではだめで、俺ならいいんだ?
……この辺の違いはやっぱり左近に聞かなくちゃなんとも言えないな。話しておいてよかった。慶次はあんまり興味がなさそうだったからな。ええと、確か六回目の世界からずっといると言っていたから……、今が十二回目で……、一、二、三……、六回目か。慶次はもう六回も同じ世界を見ているようだ。……確かに、飽きそうだ。『もうどうにでもなれー』と思うぞ、俺は。
ようやく一段落し、左近を探そうと思い立ち上がる。その時にふと格子が目に付いた。外を覗くとすでに日は暮れていて、月が昇っている。そして虫の音が意外と耳障りなことを知る。それに気付かないほど俺は集中していたらしい(おお、集中力がついたぞ)。
日中は暑いから、ぼんやり寝ているのが一番だ。こうして涼しい夕頃から活動することのほうがずっと理に適っている!
「殿、夕餉の用意が出来ておりますが」
「左近か、ちょうどいい!」
襖の奥から左近の低い声が遠慮がちに届く。探そうと思ったときにやってくるなんて、以心伝心というやつだ。この左近ともうまくやっていけそうだ。
……ああ、そうだった。左近は二人いるんだ。あまり考えていなかった。だが、この左近は石田三成のもので、模倣の左近は俺のものだ。それだけでいいと思う。小難しいことを考える必要なんて、俺の頭にはないのだ。
「どうか?」
「ちょっと相談があるのだ、入って入って」
「わかりました、失礼します」
すう、と襖が丁寧に開かれる。俺の左近もこういう形式的なことはきちんとするが、この左近は普段からずっとそうなのかな。左近と石田三成はそんなに仲良くないとか?……ま、考えることはそれじゃないからいい。
「相談とは」
「うむ。賢くない俺が、この時間をつかって精一杯考えた結果、左近に相談しようということになった」
「はあ……、そういう、左近の存ぜぬ世界のお話でしたら、なんの役にも立てませんが」
「いや、左近の力が必要なのだ。――まず、俺は慶次に今回のシナリオ……、脚本を聞いていた。その脚本の内容が『西軍勝利』ということだ。この西軍というのは石田三成の軍だ。つまりだな……、うーんと、本来ならば歴史は『西軍敗北』でなくてはならなくてだな……」
「ちょっと待った」
「ん?」
「脚本だとか、歴史だとか……、なんの話ですか?」
「……え」
しまった。そういえば左近には説明していなかった。模倣とディオラマが存在する『理由』を。
どこから話したものか……、ああ、さっき考えたことをすっぽり忘れてしまいそうだ……。なにかに書き留めておけばよかった。
なんで俺はこう、肝心なところを忘れているんだろうな。不思議だな。
drowsy
09/16