「多次元世界? なんだそれは。聞いたこともないなあ。具体的にどういう意味なのか?」


あまりぐだぐだと話していると、時間がなくなってしまう。
他愛の無い世間話をなんとか切り抜けた俺は、さっそく本題に取り掛かった。例の、多次元世界だ。この言葉は、俺が作り出したようなものだから知らないのも無理はない。どうやって説明すればわかりやすいだろうか。なにか喩えがあればいいのだが、ちょうどいいものが見つからない。


「例えば、俺とお前は今、ここにいるだろう。俺の部屋で正座し、多次元世界について話し合っている。多次元世界というものは、複数の世界が同時に存在し、並行して流れ、存在する人間が違うことを行っている世界のことだ」
「……ん? 少し意味がわからないな……」
「この世界のほかに、複数の世界が存在している。そして、各々に人が存在し、別々の行動を取っている」
「ああ、なんとなく、わかるよ。で、それがなんなのだ?」
「仏教に、そういう世界について教えていることは、あるのか?」
「仏教に?」


不思議そうに俺の顔を見て、耳と尾の様子を見た兼続は、うーん、と唸って黙り込んでしまった。鳥の尾が畳に触れ、かさかさと音を立てている。そういえば俺の尾もはたはたと揺れている。どうやら意外にも俺は、期待してしまっているようだ。
唐突にこんな話を持ち出したことについてはまだ聞いてこない。しかし納得できそうな理由は考えてある。『夢』だ。『夢』でそんな別の世界を見たという話にしておけば、簡単だ。これほど便利な言い訳はそうそうない。下手な言い訳をするよりも食い下がられる心配もないしな。
と、俺が言い訳を考えている間も兼続は多次元世界について考えていてくれているようだ。眉間にしわを寄せ、天井を眺めたり畳を見つめたり、あごを撫でたりと落ち着きがない。


「……俗に言う、『あの世』なんかは、三成の言う多次元世界のうちに入るのでは?」
「あの世?」
「そうだ。並行して存在し、この世とは違う世界。そこに人が存在している。あの世の条件と似ていないか?」
「……確かに、似ている」
「だろう」


そんな答えが返ってくるとは、予想もしていなかっただけに言葉が出なかった。

あの世、考えたこともないが、死後の世界。仏教では極楽浄土、地獄などと言っているのだったか。多次元世界のと言えないこともなのかもしれんが、ひとつの次元の世界のあの世があり、もうひとつの次元の世界のあの世がある。俺の求める答えとは違う。おそらく、あの世というものは他次元世界とでも言うべき存在だろう。
兼続はその答えでよかったのだろうかと俺を窺っている。やはり、仏教にも多次元世界という概念はないのだろうか。俺のような経験をしている人間がいない限り無いものだからしかたない。知らないものの存在について説いているはずもない。
死後の世界。
……この世界が、死後の世界であるという可能性はないか?
俺は眠っている間に、なんらかの理由で死に、この死後の世界へやってきた。死後の世界というものがどういうものだか知らないが、閻魔大王がいて、その人の罪を測るという。俺は今、この世界で自らの罪を測られている最中であるという仮定はありえないだろうか。
……ありえない。そんなこと、あってはならない。俺は秀吉様のお役に立つために生きているのだ。あまり考えたくはないが、秀吉様は俺よりも先に亡くなられる。そのとき、世継ぎの秀頼様はまだ幼いゆえに、豊臣の天下を奪おうとする輩が現れる。その輩から豊臣の天下を守らなくてはならない。だから、俺が死んでいるなど、あってはならないのだ。


「三成?」
「あ、すまない……。少し、違うようだ」
「そうか。しかし、仏教でも儒学でもそんな話は聞いたことがないな。単に私の勉強不足なのかもしれんが……。役に立てなくてすまない」
「いや、俺こそ急にこんなことを言って悪かったな」


本当に申し訳なさそうに謝る兼続に、俺の方も申し訳ない気持ちになってしまった。本当は一人で解決すべき問題であるのに兼続に頼った挙句、謝らせてしまうなど。今、この状況に陥っているのは俺だけだ。兼続には悪いことをした。


「しかし、なぜ突然こんなことを? 多次元世界だなんて考え、初めて聞いたぞ」
「夢に、見ただけだ。俺が、全く別の世界で、全く似たような環境で、違う生き方をしている夢を」
「夢……か。……なるほど」


俺はひとつ、重大なことを忘れていた。
この世界には獣の耳と尾が人の感情を顕著に表す。俺は嘘をつくのが下手で、言葉だけならば今は上手くいった。しかし、耳や尾のことなど完全に忘れていた。嘘をつくときに耳や尾が、どのような動きをするのか俺はまだ知らない。
気付かれていないだろうか。
兼続は笑顔を浮かべているだけで、尾の動きも特に変わった様子はない。


「不思議な夢だな。もう少し詳しく教えてくれまいか」


探りを入れられていると考えるべきか、純粋な好奇心と考えるべきか。
兼続の表情や尾からは、それを読み取ることができなかった。ただ、散々言ってきたが俺は嘘をつくのが下手である。あまり調子に乗っておしゃべりに転じてしまうととんでもないぼろを出してしまいそうだ。


「いや、詳しくは覚えていない……。ただ、漠然とそういう、夢だったということだけだ」





猜疑







09/01