俺が兼続に文を出し、三日が過ぎた。まだ返事はない。時間があるのならば良いと思い、この世界の兼続について少し学んでおこうと兼続から届いた文を読んでおいた。随分大切に保管してあるようで、状態はとても良かった。
読んだ感想は、あまり俺の知っている兼続と変わらない。文の内容も以前の世界と似たり寄ったりなやりとりである。俺と左近の関係は肉欲的なものを持ち合わせていたが、兼続と俺の関係は大きな違いはないようで、安心した。これならば少し言動に気をつければそこまで不審には思われないだろう。あっても、左近の感じた不審程度だ。だが、兼続は左近ほど俺に近しい存在ではない。友ではあるが、常に俺のそばにいるわけではないのだ。その点では、左近と一緒にいるよりもその不安は薄い。
しかし兼続はどこへ行っても兼続だ。文章に『義』『不義』の言葉が多用されている。やはり環境だろう。上杉謙信公は義の人であったと聞いている。敵であった武田信玄公に塩を送った話は、俺も聞いたことがある。その謙信公を尊敬しているのだ。『義』『不義』にこだわるのは必然と言ってもいい。

……あれから三日か。左近とこの世界の俺の関係を知ってから、三日も経ったのか。その事実を知ってからというもの、俺は毎夜褥に入ってからも警戒を薄めないで左近対策をしている。少し申し訳ないのだが、間違っても俺は、たとえ獣の耳と尾のある、この世界の俺の体であろうと、左近と褥と共にするなどしたくないのだ。
俺にとっての左近とは、よき師のような存在だ。俺に足りない部分をたくさん持ち、子供のような俺を理性的に牽制する、信頼に足る人間なのだ。間違っても俺は左近とそういう関係を結びたいわけではない(それ以前に、俺は膚と膚の触れ合いが嫌いだ)。
だが、俺の体調が悪いと思っているのか、そんなそぶりは全く無く、過剰に気にしすぎていたようだ。


「殿、直江殿がお見えになられましたよ」
「なに? 兼続が? もう来たのか!」


返事が先に来ると思っていたのだが、本体が先に来たようだ。驚いて今までなにを考えていたのか、完全に忘れてしまった。


「ご苦労だった。ここへ通せ。非礼のないようにな」
「え、ここまで、ですか?」
「兼続は俺の友だ。それに、少し人に聞かれたくないのでな」
「わかりました」


障子の向こうの左近が移動する気配がし、すぐに準備に取り掛かった。兼続がここまで到達するのにそこまで時間はかからないだろう。左近が女中に茶の用意を言いつけながら移動するだろうから、兼続を迎えにゆくまで、少し時間がある。
兼続からの文を急いで片付け、重要な書類も畳んで片付ける。髪に寝癖がついているが、これは気付かない範囲だろう。
日はまだ高いから、酒はやめておくか。


「三成、私だ。兼続だ」


兼続の声がする。意外とここまで来るのが早かったな。
障子のほうを見ると、兼続の形の影がある。……いや、耳? 耳が無い。この世界には獣の耳があるのが普通であるはずなのだが……。もしや、兼続は俺と同じように、この世界の人間ではなく、精神のみの俺とは違い、肉体まで入れ替わってしまったのだろうか。それならば、返事もよこさずすぐにここまですっ飛んできた理由もわかる。


「あ、ああ、よく来た。入ってよいぞ」
「失礼する」


静かに障子が開けられる。
俺の緊張を頂点に達していた。兼続が、俺と同じなのならば、この悩みを共有できる存在なのだ。一人で抱え込むには難しすぎる。俺は、悩みを分かち合う人間が欲しかったのだ!


「久しいな、三成」
「か、ねつぐ……、それは……」
「ん? これがどうかしたのか?」


兼続に耳はなかった。代わりに、俺に尾がついている箇所に、まっすぐと伸びた、鳥のような、尾があった。色があまりに艶やかなものだから、一瞬、着物の柄ではないかと思ったのだが、違った。
兼続もまた、この世界の住人なのだ。
鳥だ。それも、俺の知らない鳥の、長い尾。聞いていないぞ、毛がふさふさしていて、耳と尾がある動物以外もありうるなんて!


「ああ、少し大きくなったのだよ。色も濃くなった。三成も、尾の毛並みが美しくなったな」
「は、はあ……。どうも……」
「いやあ、久しすぎて言葉も出ないか? 三成から文を受け取ってな、私も久しぶりに三成と語り合いたいと思い、無理言ってやってきてしまったよ。屋敷は近いのだが、やはり語り合える機会は中々無いしな」


期待など過剰にするものではない。
ともかく、俺としては兼続から仏教に関しての話をよく聞かなくてはならん。それが、とんだ的外れであろうと、縋れるものはそれくらいしかないのだから。





兼続







09/01