あほの子の俺など想像がつかない。
『なんというか、発言が理性的、ですね。そしていちいち手厳しい。あと、あまり使われない言葉をよく使ってらっしゃる。まるで風邪を引いて寝込んだらとても頭がよくなっていた、みたいな。それでもって、感情の起伏が乏しいというか』
発言が理性的だと? これは平素の俺を形成する最低限の姿勢だぞ。時折感情に走って発言してしまうこともあるが、それで良い結果が残ったこともない(俺の場合、理性的に発言しても反感を買うのだが)。それなのにここの俺ときたら、普段から感情的に発言しているというのか?
手厳しい? なにかそれほど手厳しい発言をした覚えはないのだが。もしや、ここの俺は左近にとても甘いのか? ならぬならぬ! 飴と鞭をうまく使い分けねばならぬ。……手厳しい発言とは、『それはお前の主観で偏った意見だ』『お前に俺を決定されたくない』のことか? しかし、事実であろう。それともここの俺は、他人による評価で自己を確立しているとでもいうのか?
あまり使わない言葉? ここの俺はどんな言葉を使っているのだ。俺は普通の言葉しか使っていないだろう。それとも俺の普通ではだめなのか? もっと難しい言葉を?……いや、違う。『風邪を引いて寝込んだらとても頭がよくなっていた』と言っていた。……ここの俺は、とんでもなく語彙に乏しい人間なのか。俺はそれほど、難しい言葉を使っただろうか。いや、普通だ。その普通に満たない語彙であったのか。
感情の起伏が乏しい? これはたまに言われるが、俺は自分を激情家だと思っている。特に怒りの感情に関しては相当起伏が激しい。だが、確かに平素はあまり感情を表に出していない。人の上に立つ者は、あまり気持ちに上下しているわけにはいかないのだよ。……だが、ここの俺は感情の起伏をわりとはっきり出してしまう人間のようだ。
ああ……、俺というものがわからなくなってゆく。これほどまでに違いがあるとは想像もしなかった。いくら全く同じ人間には育たないとは思っていても、環境は同じなのだからそこまで大きく違うとは思わなかったのだ。
同じ環境であるとはいえ、一歩間違えていれば俺もこのようなあほの子になっていたのかもしれなかった。そういう可能性を提示され、少し混乱している。あまりにひどい転落人生ではないか。しかし、そんな俺でもこうして左近を召抱え、同じく治部少輔として存在しているのだから、人間的に信頼に足る男であるのかもしれない。
耳と尾か? 耳と尾が理由なのか? このどんな厳つい人間も可愛さと気色悪さを持ち合わせることのできるこの耳と尾が、あほの子の細胞を? となると今の俺はまだ侵食されていないとはいえ、次第にあほの子へとなってゆくのか? 特にこの耳は頭に直についているのだから、注意せねばならぬな。
「おんやあ? 考え事ですかね。あくまで殿のおっしゃるとおり、『左近の主観』にすぎません。だからあまりお気になさらず」
「いっ、いちいち耳を触るな!」
「でも殿、耳触られるの好きじゃないですか」
「そんなことはない!」
なんだか感触がおぞましい!
この耳を触られる感触、膚を触られるよりも感度が高いのか知らんが、触られると寒気がする。こそばゆさが、膚の倍に近い。
「ほら、褥の中でも、触るとすっごく」
「ぶっ」
「わっ、ツバ! ツバ!」
褥を共にするということは、主従以上の関係であるということだろうか。それ以外にどう考えればいいのだ。親子のように共に寝ているだけなど、考えられぬ。つまり、性的な行為があるのだ。
汚らわしい。
この世界の俺は、あほの子である上に、年上趣味であったのか。一応は主従だから、俺が上なのか……?
……いや、衆道自体珍しいものではない。ただ、俺にその趣味はないし、この世界の俺にその気があったとしてもだな、よりによって、左近か! おぞましい! 汚らわしい!(生来、俺はその手のことに関しては少し潔癖すぎると左近に言われた。子孫を残されないおつもりですか、とまで)
膚と膚の触れ合いなど、気色悪い。……この世界にいる限り、どうにかしてその手のことを避けねばならぬ。全てが元に戻ったら、ここの俺に存分に相手をしてもらえばいい。俺は、絶対に、無理だ。
左近よ、ここは男を見せるときである。耐えよ、耐え抜くのだ。
「今さら恥ずかしがることでもないでしょうに」
「い、いや……、少し気分が悪い……。部屋へ戻る」
「そのようですね。夜更かしはあんまりするもんじゃないですよ」
「ああ、わかった」
去ってゆく左近の背中を見ながら、あれを俺が攻めていたのか、と、不思議な気持ちになった(俺が下の可能性? ありえんな。主従なのだぞ。……しかし、左近の言葉からすると、左近のほうが優勢のように思えるのだが……、俺の気のせいだろう。そうでなくてはならん)。
想像したら、吐き気がした。
違和
09/01
(息子さんスルー)