「なるほど確かに見目はそっくりですが、殿とは明らかに違う。しかし内部事情にも詳しいからといって、気付かなかった俺はとんだ道化だった。お前はどこの手の者だ」
「話を、聞け」
「殿の声で喋るんじゃねえ」
いつの間にか、左近の愛刀の切っ先が鼻先に存在している。あまりに大きく、重量があるために戦場では肩にかけて移動し、両手で振り回しているその刀を片手で軽々と持ち上げている。
激昂している。
俺に最も近しかった分、俺の違和感を最も敏感に感じ取り、猜疑心を募らせていたのだろう。しかし、話を聞こうともしない左近など、俺は知らない(それほど『この世界の俺』を心配しているのだろうが)。
しかし、俺は死なない。
「俺を殺せば、お前の『殿』は二度と帰ってこない」
左近は眉間のしわを深め、刀を少しだけ降ろす。切っ先は俺の心臓を指している。
俺の体は紛れもなく『この世界の三成』の物である。死んでしまったら、死ぬのは『俺』なのかそれとも『この世界の俺』なのかわからない。『俺』が死に、『この世界の俺』は『俺のいた世界』でずっとを生きるのか、それとも『この世界の俺』が『俺のいた世界』で死に、『俺』は元の世界へ強制的に戻ることが可能なのか。
必死に冷静さを取り繕おうとしているが、うまくゆかない。気を抜けばわめき散らしでもしてしまいそうだ。
「探すさ。だから俺は、この屋敷に不法に侵入したあんたを斬る」
「無駄だ。この体を壊してしまえば、『俺』がいなくなろうと『殿』は受け皿がなくなり、ここへは戻って来れない」
「意味がわからんね。お前が、殿の体を操っているとでも言いたげだ」
「……少し言葉が悪いが、そういうことになるな。ただ、俺は操る気など毛頭ない」
「ならば何故操る! 嘘をつくなァッ!」
「くそっ、話を聞け!」
後回しにしてきたツケだ。大きく刀を振りかぶった左近は、俺に向かい刀を振り下ろした。背後に飛び、すれすれで避けたが鋭い風が俺の顔を襲う。畳に深く食い込んだ刀の棟を踏み、反撃を抑える。
『俺』と左近が関係を修復など不可能ではないだろうか。兼続や紀之介は負の先入観がなかったから信じてもらえた。だが、左近にはすでに不信感を植え付けてしまっていたのだ。なにを言っても、信じそうにない(そう、むしのいい話なんて無い)。
刀を封じられ、左近は憎々しげに俺を睨みつける。耳と尾の毛の逆立ちがひどくなる(緊張感が、欠ける)。
「話すことなんか、ない」
「『俺』も、石田三成であるのだ。俺を殺したら、この体の持ち主である『殿』がどうなるか、俺にもわからん」
「この期に及んでまだそんな戯言を!」
「……この世に世界は一つだけであると思うか?」
「知るか!」
……知るか、だと。
そう怒鳴りながら左近は拳を飛ばしてきた。あまりに重く、両手で押さえるのが精一杯だ。
俺の知る左近はこんなに短期な男ではない。俺からしてみれば、お前こそ誰だ。
だが、これほどに盲目になれるほどこの世界の俺と左近は心を通わせていた。恋だ情欲だの関係などもはや軽蔑に近い感情を持っていたが、少しだけ考え直すことが可能かもしれない(俺になにかのために盲目になることが出来るだろうか)。
「……ッ、話を、聞けボケが!」
「ぐっ……」
左近には暴言を吐いてばかりいるような気がする。
使っていた両手を左近の拳から手首に位置を変え、力いっぱい外側へひねる。痛みにひるんだところで、掴んでいる腕とは反対側の脇に手を滑り込ませ、力いっぱい左近を持ち上げ、床に叩き伏せる。起き上がって反撃されないように、左近をまたぎ、腕を押さえつけた。ともかく大人しくなってもらわないと話も出来ん。
「俺はお前の知っている石田三成ではない。だが、俺は石田三成だ」
「意味がわからないな」
「お前は賢いから理解できるだろう。そして信じられないと思うだろうが、世界はたった一つではないのだ」
「はっ、で? あんたは別の世界に生きる石田三成だ、ってんだろ。そんなことに誰が担がれんだ」
「お前だ」
「嫌だね。そんな言い訳に騙されてたまるか。殿をかえ……」
「俺だって帰して欲しいのだよ! 俺はあの世界で、敵は多いながらも悪くない時間を過ごしていた! それなのになぜ! どうして! 俺がここにいるのはなぜだ? 誰が俺の時間を邪魔する権利を持つ? 秀吉様がこの世界で倒れられた……、俺の世界でもおそらく、同じことが起きている。……帰してくれ、俺を、帰してくれ! 秀吉様のお傍に!」
喉が焼け付くように痛む。あまり大きな声を出すことはないせいか、大した迫力もない、ただの汚いがなり声だ。
「……あんた、は」
「誰だ……、お前は誰だ! 俺の知っている左近は俺をそんな目で見ない! 俺に情欲を抱かない! いつも自信に溢れ、平気で俺に厳しい言葉を向ける、俺に余所余所しい態度など取らない! 誰だ、誰なんだ……、お前は誰だ、ここは、どこなんだ!」
いかに俺の言葉が偽証に満ちていたかが曝け出された。
口では信頼を謳い、心ではそれが偽りだったと謳う。そして感情では、お前は誰だ、と叫び散らす。
一旦は『この世界の左近であろうと左近に変わりはない』とまで考えようとした。しかし、それでは駄目だった。最初に思ったとおり、島左近という銘柄では駄目なのだ。『俺の左近』でなくてはならない。信じようとしていないつもりではない。ただ、信じられない。
「……俺は、ただ、人間として当然の権利を主張しているつもりなんだ」
「……泣いている」
「泣いてなどいない」
「これが演技だったら、あんたは随分な役者だ」
「知らん。俺は、怜悧で横柄者の、感情が欠損した人間だ。皆、そう言っているとお前が言っていた」
『お前』が『左近』ではないと、ずっと知っていた。だからこんなことを言っても無駄であるし、俺の主張を信じる理由にはならないだろう。
「……殿は、感情がころころ変わって、それが表に出やすいお方だった。そして多くの人に愛されていた」
「そんなの、俺ではない」
「話を、聞こうか」
哭声
09/01
(マウントポジショ〜ンが好きです)