「そう、会ったの。なにか参考になった?……え、あれが佐吉の世界の耳なの。ならあの傾奇者くんは……、知っているって? なにを?……わからないって……。今の佐吉には言うことができない? それはどうして?……またわからない、か。佐吉、君はなにを知っているかもわからない、なぜ言ってくれないかもわからない状態でどう足掻こうっていうのさ。『何を言われるかもわからない』状態なのに何を教えてもらおうっていうんだい。それは本当に重要な情報かどうかもわからないままだろう。待て暫しを持つべきだよ。……それしか手がかりはない、か。けど、こうも考えられるよね。あの傾奇者くんが、ただ佐吉をからかっているって。なにかを知りたそうな佐吉を見て、ちょっとした悪戯心が沸く。どうにも深刻そうだったからちょっと焦らす具合にしようか……。……傾奇者は嘘をつかない? なんだいその理論は。今までどうやって生きてきたらそう育つのさ。まさか君の世界は、疑うべきは何一つないという世界なのかい? 違うならばどうしてそんな言葉が……、慶次はそんな男ではなかった、か。私はあまりあの傾奇者くんとお話したことがないからねえ。少しわからないよ。でも、この世界の慶次と君のいた世界の慶次と同じとは限ら……、へえ? 佐吉の性格が違うことによって周囲との関係に影響がある……とね。なら、傾奇者くんが嘘をつくような男ではないと断言することもできないでしょう。……『今は話すことがないだけ。必要になったら話す』この言葉を信じるっていうのかい。……そんなことを言われてしまったら私はなにも言い返せないな。私は君に聞くまで別の世界の存在なんて考えたこともなかったのだから。他の方法だなんてこれっぽっちも考え付かないさ……。わかったよ。傾奇者くんの言葉を信じた場合のことを考える。それで?……『今は話すことができない』か。それを、『自分になにかが足りないから』と読み取ったわけだね。……『今のお前には話すことができない』という具合の言葉だったの。けれど、それは性急すぎる解釈ではないかな。たとえば、こうとも読み取れる。『まだ時ではない』と。……つまり、傾奇者くんはなにかを待っているのかもしれないということさ。それは佐吉がなにを知ろうとそうでなかろうと関係なく、絶対的な強制力のある、『なにか』を待っている可能性。佐吉を元に戻すきっかけの可能性もあるでしょ。……確かに、それだけならばわざわざこの言い回しをする必要はない。だが、佐吉がこの世界へやってきたのに、傾奇者くんというものが関わっている可能性がある。つまりこれは、人の手、意思、意図が介入しているということを指している。全くの偶然の産物ではない、意味があるべき事柄なんだよ。……そう、佐吉もそう思っていたんだね。なら、これが何を意味するか考えた?……うん、そう、私もそう思う。そうでなければ私たちはお手上げだからね。『意図的に未来を改竄すること』……。正直、規模が大きくて私はついていけない。けれど、この答えが最もしっくりくる。そうでなければまるで意味がわからないからね。佐吉を交換することでどのような影響があるか……、少し前ならば私にはわからなかったよ。いや、今も少しわからないな。わかるような気がしているのだけれども。……秀吉様が倒れられて、露骨な働きを見せる人間が現れた。……そう、家康。佐吉が大嫌いな家康。……おや、知らなかったのかい。この世界の佐吉は家康が大嫌いだよ。目を合わせたこともないんじゃないか、ってくらいにね。……ああ、佐吉も嫌いなんだね。しかし、その佐吉を取り替えたところでどう未来が……、加藤清正、福島正則?…………顕著な違いだね。それが鍵(キーマン)となっているのかな。どの程度の仲の悪さかは今の状態からは予想がつかないけれど……、例えば、殺してしまうことも厭わないほどに憎んでいるのだとしたら……。飽くまで予想だけれども。もしかしたら、佐吉は殺されてしまったのかもしれない。そのために未来が変わってしまう、と。もしこの仮説を信じるのだとしたら、佐吉は日本の未来に関わる大きな出来事を起こす。おそらく……、秀吉様が亡くなり、次の天下人になろうとする徳川家康と、戦を起こす。これは一つの例にすぎない。……妙に真実味がある? まるで未来を知っているかのようだって? ははっ、おもしろいことを言うね。わふっ。……ただ私は、冷静に観察して推測しただけにすぎないよ。佐吉は少し冷静さに欠けるね。……この可能性はどうだろうか。私たちはこの世界に生きているから、この世界こそが真の存在であり、揺るぎないものだと思っている。だが、もしもこの世界が君の世界の模倣にすぎないものだとしたら、どうだろう。君は、君の世界の歪を正すために少しこちらへ避けられただけで、この世界では格別になにかをする必要はなく、この世界の佐吉が君の世界へ行き、その歪を正すことこそが本当の目的である、とね。……この耳と尾の意味?……見分けるためだけの外見的な特徴を与えただけかもしれない。また、性格に違いがあると言ったね。これに関しては私は客観的な意見を述べることができない。佐吉の意見は?………………獣の抑制されきっていない本能、ね。たしかに私たちはあまり抑制されきっていないのかもしれない。君の世界と比べるとね。感情は耳や尾が明示してくれるし、……ふふ、そうなんだ。情欲の面においても、そうかもしれないね。姦淫事件もさほど珍しいものでもない。この世界は基本的に……、ああ、『理性』って言うの。その『理性』っていうものが欠陥しているのかもね。……そこまでじゃない? なら、君の世界に比べて、ということだね。獣の耳と尾のぶん、くらい?……君の世界は、おもしろいね。口数が少ないことのほうが美しい、武士道ね。……言いたいことも簡潔にまとめて、寝たいときに寝ないなんて、おもしろくないな。こう言っちゃいけないけど、つまらないよ。そこまでして抑制してどうするの?……ちょっとずれちゃったね。つまり、獣の耳と尾は、そういう、獣じみたところを残している、ということだね。性格も変わるわけか……。……まあ、つまり、世界の均衡を保つために、君はここへ連れてこられてしまったのかもしれない。そして、その均衡が約束されたら君は君の世界へ戻れる。それが、傾奇者くんの言う『今のお前には言えない』という解釈も可能なんだよ。全体を見て判断することも必要だけれど、ひとつひとつ解釈してつなげてみることもしなみなくちゃ」
巨細
09/01