城下へ出ると、全ての人々に獣の耳と尾があることを改めて認識するに至った。

派手な色を持った者は少ないが、稀に兼続のように美しい鳥の尾を持つ人間がいる。しかしたいていは、俺のように獣の耳と尾を持っている。その動物は犬や猫が多い(そういえば、家康を見かけたのだがやはり狸であった)。
慶次が居ると聞いている茶屋へ向かいながら、あの人間はなんの動物だろうかと考える。俺の知らない動物が意外とたくさんいるようだ。黄色と黒のしま模様の丸い耳、薄茶色のとがった小さな耳、白く長い耳……。
どういうわけか、今さらにこんな疑問が浮かんできた。

『なぜ、この世界の人間は獣の耳と尾を持つ必要があったのか』

混血のようなもの、なのだろうか。しかし親子関係であろうと全く違う種の耳を持った人間もいる。また、親同士を掛け合わせて生まれたのならば新しい種の耳や尾がたくさん現れるはずだ。……しかし、そこまで突飛なものはいない。これは俺に限らず、この世界の誰もが知らないことなのだろうか。
人ごみの中を移動していくうちに、だんだんと胸焼けのような感覚を覚え始める。人が多くいるところは得意ではない。一対一の触れ合いですら嫌い(治したいのだが)だというのに、不特定多数の人間がいるなど……。だが泣き言など言ってられない。この、俺の臆病さからこの世界の俺と左近の不和を招いてしまったのだから、俺の手の震えなど、なんの言い訳にもならない。

少し人の通りが薄くなってきたところで、ようやく辺りを見回す余裕が生まれた。


「慶次」
「おんや、三成じゃねえか。どうしたんだい、こんなところに」


目当ての茶屋の軒先で団子を頬張っている慶次を見つける。慶次にはなんの動物だろうか、と耳を見る。しかし頭上に耳はない。慶次は鳥なのだろうか、と不思議に思い、俺がよく知っている、耳の位置を見る。そこには、人の耳がある。
人間! 俺が精神のみこちらの世界へやってきたのならば、慶次は肉体ごとこちらへやってきたのだろうか!


「話がある」
「話? 俺ァないぜ」
「なぜ?」


予想外の返答に、驚いた。

俺の外見はたしかにこの世界のものだ。だからそうあしらう? それとも、慶次は単に人間の耳を持っているだけでこの世界の人間であるのか? その場合、俺と慶次はあの世界のように友好な関係を築けていないのだろうか。
俺と慶次は、少なくとも悪い関係は築いていない。すべてを笑い飛ばすおおらかで快活な男。派手で粗暴な外見とは打って変わって、風流を解する雅な心を持ち合わせ、幾度か話し合ったこともある。
この世界では、違うのだろうか。今までに俺の性格の違いが悪いように作用した事例を聞いていなかったので、この予想は想定外なほどに胸が苦しくなる。


「なぜ? 聞くか?」
「ああ、聞くとも。理由がわからないのだから」
「ははっ、そりゃそうだねえ」


湯気の立つ茶碗を取り、飲み干した慶次は重たそうに腰を上げ、頭の後ろで手を組んだ。そして俺の背を向け、町民の中へ紛れ込む。しかしすぐには歩き出さず、こちらを振り返った。


「今は話すことがないだけさあ。必要になったら話すさ」
「それでは困る! 俺には時間がない!」
「俺に言われても困ることだな。俺ァただ、知っているだけさ」
「何を知っている、なぜ、それを俺に言わない」
「できねえな。今のお前さんには」


それだけ言い残して慶次は完全に姿を消してしまった。町民の数が増えて、俺が見失っただけのことだが。
今の俺にはできない? 俺になにが足りないというのか。裏を返せば、『俺に足りないものを補わせる』ために俺はこの世界へやってきたということなのだろうか。それに気付けなくては俺は、戻れないまま……。
慶次は知っているだけ。黒幕ではない? 黒幕がいる。これには明確な意図が働いている。それを慶次は知っているだけだという。それを言うことはできない。それを知覚することによって、俺は戻ることが可能だということか?……これは考えすぎか?


なあ、俺には時間がないのだよ。

どうして俺の邪魔をするのだ。俺はただ、秀吉様を慕っているだけなのに。死に瀕する秀吉様のお傍にいたいだけなのに。それは、この世界の俺も同じであろう? 俺のいた世界の秀吉様の傍よりも、この世界の秀吉様の傍のほうがいいだろう? 誰が、なぜ、なんの権限を持って、これを邪魔するのだ!

全てがうまくいかない。

それとも、解決に至る道が明示されただけでも前進したと喜ぶべきなのか?
そこで立ち止まることを要求されているのに?


俺に、なにが足りない?
今の俺は、俺の嫌いな感情論を並べ立てる人間と変わらない。どこまでも自分本位に。
俺になにかが足りないということではなく、単純に今話せないだけのこと。……いや、『今の俺』という。俺に足りないものがあるから。
わからない、なにも、わからない(わかろうとしていないだけなのか?)。


なぜ、左近がいない。どうして俺は、ひとりなのか。





慶次







09/01
(L5発症フラグくさい)