「今存在する世界と並行して、別の世界が存在する? なんだい、それは」
俺の屋敷に紀之介を連れ、兼続のときと同じように人払いをしてから例の話を持ち出した。
予想通り、信じられないとでも言いたげな素っ頓狂な声が響く。俺だって、この状況になってしまうまではそんな反応をしていただろう。そして、ありえない、と一蹴していたに違いない。今だって、ありえないの一言を言えればどれほど楽なものか。
「いきなりそんな話をされてもねえ……、具体的には? 佐吉が今その状況にあるとでも言うのかい?」
「そうだと言ったら、なんなのだ」
「……ええ?」
肯定すると、紀之介は怪訝に眉間のしわを深めた。
どうに左近に告げる間合いがなく、まっさきに紀之介にこのことを言うことになってしまったが(その前に兼続にも言いかけたな)、しかたないと割り切るしかない。左近は同じ屋敷内にいるが、紀之介はなかなか会えるものでもない。
左近に対する誠意がないように思われるかもしれない。それは、言い訳のできない事実なのだろう。俺にその気はなくとも、主観だけでは物事は成立せず、客観と主観の相互関係が成り立たなければ物事は判断できない。
「……もう少し、具体的にお話願ってもいいかな」
「かまわん。……お前は、俺と話して違和感を感じたりなどしないか」
「……そうだね。どこと具体的に聞かれても明瞭な答えは与えられないけど」
「その答えが、多次元世界だ。多次元世界とは先ほど説明した世界に関してのことを一言にまとめたものとと考えて欲しい。今、俺と紀之介が話している世界の他に、並行して、あるいは並行していないかもしれないが、別の世界がある。それはひどく酷似しているが、実質は大きく異なる」
「……で、今私が感じている佐吉に対する違和感は、ここにいる佐吉がもう一つの世界の佐吉だから、ということかな」
「まさしく」
「……本気?」
「大真面目だ」
ついに言ってしまった。信じるだろうか。兼続の場合は、自分で『もしやそうなのでは』と感じていたらしいから、こう言ってもそれほど疑わなかったのかもしれない。
しかし、紀之介には今、この多次元世界なる思想を話したばかりだ。そしていきなり俺がその多次元世界からやってきた別の石田三成であるという事実を打ち明けてしまった。性急にことを運びすぎている感も否めない。だが、俺には時間がない。いや、正確には秀吉様にだ。
「でもね、ただの気のせいとも言い切れる違和感を、そんな突飛な理論で解決しようなんて言われてもねえ」
「お前は、俺が意味もなくこのような妄言を吐く人間だと? それともこの世界の俺はそういった、愉快犯的な人間なのか?」
「いや……前者も後者も否定だけれども。……多次元世界、ねえ……」
ううん、という唸り声と共に、紀之介の耳がパタパタと動く。考えるときの癖なのだろうか。少しだけ、人間についている獣の耳がかわいいと感じてしまった自分がいる。いや、紀之介の耳があまりに垂れていて、長くて、毛がふさふさしているのが原因だ。
「ばかばかしいだろう。俺だって信じたくはない。だがこうしてその事実を突きつけられているのだ。それをどう証明しろと言われても……、困るのだがな」
「……いいよ」
「ん?」
「信じるよ。あまり深く考えても泥沼だし、それに、おもしろそうだからね。嘘をつかれていたとしても、私に特別な損はないことだし。具体的に教えてくれないかな、佐吉のいたところ。……あれ、名前って?」
驚いた。俺ならば、絶対に担がれていると疑ってしまうというのに。これほどあっさりと信じられるものなのだろうか。……いや、これが友というものなのだろうか。俺が勘違いしていた、友という存在、信頼という言葉。
「名前は、同じだ。石田三成、幼名は佐吉。大きな違いは、耳と尾」
「これ?」
はたり、と紀之介の耳が動く(あの耳、いいな。あの耳だけ例外で許せそうだ)。
ふと俺は自分の耳と尾の存在を思い出した。以前までよく動いていたのだが、最近は滅多なことでは感情を表現しなくなってしまった。俺の起伏が薄くなったのか、それともただ単純に今は『楽しい』やら『嬉しい』という状況ではないからだろうか。そう、左近や秀吉様、多次元世界。考えることは山積みだ。
「そう。俺のいた世界では尾はなく、耳は獣のものではなく人間のものだった」
「人間の耳? そんな独自的なものがあるんだね」
「……ああ、そうだ。あと違いは、俺の性格と、それによる周囲への影響の及ぼし方……くらいだ。後は変わらん」
この世界には、人間の耳という発想自体が存在しないのか。そりゃ、獣の耳しかないのだから当然なのかもしれんが。人間の耳などどうやって説明したらいいのだろうか。目の高さの辺りに、左右についている膚に覆われた人によって形の違う軟骨……。駄目だ、これでは意味がわからん。
「それよりも、俺はお前に、元へ戻す方法を知っていないか聞きたいのだが……」
「知っているわけないよね、私が」
「……そうだな」
わかっている。一から多次元世界という概念を説明したというのに、その解決方法を知っているわけがない。ただ、なにか解決の糸口の尾でもいい。そんな思いつきが生まれやしないかという期待をしているのだが……。
「そうだ、彼に会ってみなよ」
「彼?」
「そう、傾奇者で有名な彼。変わった耳を持っているそうだよ」
慶次のことだろうか。変わった耳とは、俺も知らないような動物の耳のことか、それとも人間の耳に酷似しているものなのだろうか。
会ってみないことにはわからん。
涵養
09/01
(なんだかんだ最初にモ武将に打ち明ける殿)