「あまり詳しくは覚えていない。夢だから。だが、その、なんだ。現象界とやらが二つ、別々の次元で同時進行していたのだ」
「……どの書物を見ても、『現象界は一つである』と明言してはいなかった」
「二つ以上存在するという概念がそもそもないのかもしれない」
「それも言えるな。私は数日で結構な量の書物を読んだが……、やはり」
「……いいんだ。所詮、夢なのだから。俺の妄想にすぎん。実在しなくて、いいんだ」


これが本当に俺の妄想であったならば、俺はこれほどに苦悩はしなかっただろう(万一俺の妄想であったとしても、結局は悩み苦しむのだが)。
俺は少しだけ、自分を理解できたような気がする。俺がどうして真実を口にすることができないのか、薄らぼんやりと知覚できた。この世界の俺の立場を危ぶんでのことだけではない。『俺自身』が、たとえ違う世界に生きる別の人間であろうと、友である人間に、心から信頼する人間に厭われるのを恐れているだけなのだ。なぜ今まで、知りえなかったのだろうか。


「私はな、三成がそんなことを言い出すものだから、もしや本当に多次元世界というものが存在して、今の三成はその多次元世界とやらから紛れ込んでしまった、別の三成ではないのか、と思っていたよ」
「……え?」
「あまりにも、私の知っている三成と違うからな。だから信じてみる気になって、調べてもみた。……だが、そんな記述、どんな書を見ても見当たらない。正直言うと、今でもそうではないか、と思っている。しかし、お前が夢や妄想だと言うのならば、私はその言葉を信じるよ」
「……兼続」


嬉しく感じる感情と、悲しく感じる感情。相反する感情が俺の中で弧を描いている。

俺は、予想以上に友という存在を信じていなかった。こんなことを言ったらばかにされると思い込んで、嘘を連ねていた。だが、兼続は俺を信じていた。そのことが嬉しいのに、自分の至らなさが無性に悲しい。
なぜ信じることができなかったのか? 違う世界の、違う人間だと思っていたから?……違う。所詮人間と人間の繋がりなど、むなしいものだとしか思っていなかったからだ。口の上では『信頼』などという言葉を使って、信じているつもりだった。だが、心の奥底で、俺は信じることができていなかった。俺がその気になれば、違う世界の違う人間であろうと、兼続のことを信じようとしたはずだ。なのに、真っ向から俺は拒絶していたのだ。


「兼続……、俺は」
「お話の最中に失礼いたします」


抑制された左近の声が俺の言葉をさえぎった。なんとも間の悪いことだ。
左近の声が聞こえただけだというのに、俺は予想以上に緊張してしまった。この世界の左近もまた、俺は信じていなかったのだ(怖かった、怖かった怖かった怖かった!)。


「どうしたのだ?」
「上杉よりの使者が。なんでも火急の用だそうです」
「そうか、わかった。三成、続きはまた今度だな」
「あ、ああ……」
「暇を見てまた調べてみるよ。……そんな目をするな。会う機会などすぐに作れる」
「……世話になった」


また頭を撫でられる(やはり、あまり不快感を感じない)。
兼続は立ち上がり、すばやく身支度を整え出て行った。上杉が、火急の用? なにがあったのだろうか。いや、俺が首を突っ込む問題ではない。
襖越しに左近と目が合ったが、すぐに左近は会釈し、襖を閉めてしまった。左近が遠のく気配を感じてから、ようやく体が動くようになる。体は動くのだが、頭が動かない。呆然と、なにを考えてよいのか、とりとめのない糸くずを拾い上げるように静止している(なにもわからない。だから、こうして自分を客観的に見ていることで現世と仮想の世とを繋ぎとめている)。
さほど時間は経っていないはずだが随分と長い間動かずにいたように思える。俺は慌てて兼続を見送るべく立ち上がり、小走りで追いかけた(なにかをしているのはいい。忘れることができる。しかし忘れてはならない)。
廊下の先で艶やかな尾が忙しげに揺れている。急ぎ足の兼続を上回る急ぎ足で追いかけ、隣に立った。


「おお、三成。わざわざ見送りか? すまないな」
「それが当然のことだ」


からからと笑い、兼続は少しだけ歩調を緩める。変に気を使わせてしまったことに、感謝よりも妙な罪悪感じみた、隠匿が頭をもたげる。今すぐにそれを叩き伏せることが、俺のすることではない。間が悪く話が遮られた、その続きをすること。俺が今すべき(したい)のはそれである。


「そういえば、島殿となにかあったのかね?」
「へ?」


深呼吸もしたし、なにを言うかも簡潔にまとめた。後は口にするだけだ、という時に兼続が突然、あまり聞きたくない名前を持ち出した。聞きたくない理由はわかっているし、いつまでもそれが通用するわけでもないことも知っているつもりだ。


「島殿とだよ。妙に余所余所しい雰囲気を作ってまあ……、これは、気付いてくださいと言っていることと同義だぞ。あまり私が首をつっこむ話でもないのだが、珍しいものだからな」
「珍しい、か」


そういえば、左近とこれほど会話が成立しそうにないという状態は初めてかもしれない。俺が意地を張って妙な言い争いじみたことをしても、いつも左近が妥協するからだ。


「ああ、珍しいさ。私が知らないだけかもしれないが、あれほど余所余所しいお前たちなど見たこともない。これでは、仲睦まじい二人をからかう私の楽しみがなくなってしまう。『またお前たちは、仲良く尻尾振り回して……。目が回るから落ち着いてほしい』ってな」
「そうか……」





顧慮







09/01