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秀吉様の耳と尾は、猿だった。もみあげにあたる部分の毛が異様にふさふさしていて耳は見えなかったが、それも猿っぽいと言われると猿っぽい。尾は細長く、あまり毛は長くない。
織田信長公が猿だとかそういう呼称を使っていて、秀吉様は猿という認識が意外と広く知れ渡っている。あまりに直球すぎるではないか、と思ったのだがわかりやすいといえばそうだ。しかし、この尾や耳、親子の関係はあまりないのだろうか。親は犬でも子は猫、という関連性がまったくないのならばますます法則が理解できん。


「もう体はよいのか?」
「はい。長らく姿を見せなかった非礼をお許しください」
「あー、よいよい。そんな堅苦しく考えるでない」


変だな。
秀吉様は確かに人懐こい人ではあるが、公私の区別はもう少しあったのだが。これもまた、『世界の違い』か。なんでもそれで片付けるのも芸が無いのだが、それしか理由がないのだからしかたあるまい。だからこの秀吉様も、俺と同じ状況下にある人間ではなさそうだ。
郷に入っては……、だ。俺もなるべく、ここの俺を忠実に再現せねば。……しかし、誰とどのような会話をすればよいのやら……。いや、俺こそ公私混同してどうするのだ。確かにこの世界の三成を守ることも大事だが、同時にこの世界の三成の責務を全うしなくてはならない。


「ありがたく存じます。――あの、早速ですが、朝鮮のことで、失礼を存じて申し上げます」
「うむ」
「もう一度、考え直されませぬでしょうか。再三申し上げた通り、民も兵も声にならぬ悲鳴をあげております。このままではせっかく一代にて築き上げられた豊臣の天下、人心を先ず第一に手放してしまう結果にならないとも言えません」


俺は元の世界でも散々に考え直されるように進言してきた。出兵する前も耳にたこができるほど申し上げた。まったく利益にならない消耗戦にしかならないからだ。しかし、それでもとうとう出兵してしまった。朝鮮の兵は手強く、一進一退を繰り返しているという。
まだ間に合うはずだ。まだ。今からでも兵を退かせ、生じた歪を正すことができる。
秀吉様の様子を窺うと、長い尾が床を這うように左右に振れ、視線は天井のどこぞを向いている。たとえ俺の言葉であろうと、秀吉様の朝鮮攻略という誇大妄想は膨れ上がっていくばかりなのか。
この世界でも同じなのだろうか。最近、秀吉様はあまり話をお聞きくださらない。誰の進言にも上の空のような状態で、諸大名はわずかながらにも不愉快な気持ちを持っているようだ。


「その話はもうよい。下がれ」
「しかしっ、このままでは本末転倒になりかねません」
「それよか三成、ねねが三成に会いたがっておったぞ。『かわいい佐吉が病気ですって! お前様、あたしお見舞いに……』などとばかり申す。元気な姿を見せてやらねば、わしはまたねねに食いつかれてしまう」
「……わかり、ました。失礼いたします」


つい、と長い尾が手首のように揺れる。もう下がれという合図なのだろう。実際に手でされるよりも緊張感が無いのだが、意味は同じだ。

ああ、駄目だった。この世界でも俺は秀吉様に朝鮮攻略を考え直していただくことができない。この世界での俺も同じようなこを申し上げていたのだろうが、牛に経文のようなものなのか。となんという無力。
俺は秀吉様から多大な恩恵を被った。だから、秀吉様のために、そして豊臣家のために干からびても尽力したいと思っている。たった一代で、終わらせてはならないのだ。秀吉様のおっしゃる、『誰もが笑って暮らせる世』を、永劫に輝かせなくてはならない。誰もが笑って暮らせる世――、俺はあまり笑わないのだが、人が、民が笑って暮らせていれば良いのだ。
誰であれば秀吉様をお止めできるのだろうか。……おねね様。おねね様が俺に会いたがっている、とな。これは顔を出さなくてはならない。その時に、やんわりとでもいいから秀吉様をお止めしてもらえないか頼む……、いや、駄目だ。おねね様がそのような軽薄な行動を取るわけもない。確かに、おねね様の発言力は絶大ではあるのだが……。女子が政治に口を出すものではない、と言っておられたのを聞いたことがある。……無駄だろう。
そういえば、秀吉様、少し痩せておられたな。あまり休まれていないのだろうか。

……この違和感はなんだ? 俺はなにかひとつ、重大なことを忘れているような気がしてならない。この世界、俺のいた世界……。なにがおかしいのだろう。なにを忘れているのだろう。単なる気のせいならば良いのだが。


ともかく西ノ丸へ向かうとするか。ああ、しかし……、気が重い。俺はおねね様のあの姉貴肌のような、気の強いお袋のような雰囲気が苦手だ(本当にそうであったらいいのだが)。





秀吉







09/01
(戦国嘘知識満載)