また目を覚ました。
『また目を覚ます』とは珍妙だ。人間は毎日寝て起きるから、目を覚ますことなんて珍しいことでもなんでもない。しかし俺は、この『目を覚ます』ということが一種の儀式のように感じられた。
俺が眠っていたのは城の中のずいぶん広い部屋だった。行灯に火が灯っていたことから、夜であることがわかる。
外がやけに騒がしく、その喧騒が俺を考えることに没頭させた(騒がしいほうが無音よりもずっと集中できるものだ)。
俺はさっきまで、よくわからないところにいた。夢かもしれない。いや、夢だろう。だが夢の中でも夢を見ていた。その夢の中の夢で俺はひたすらに考えていた。そして夢の中でもやたらに考えた。
やっぱり俺の名前は三成だ。しかし三成という人間はどんな人間なのか解せない。
もっと解せないのは、これは夢か否かだ。また俺は目を覚ますかもしれない。そう考えるとここで考えても疲れるだけのような気がしてきた。だが、何かを考えなくてはならない。
何を考えなくてはならないのだろう。
これが夢かどうかか、それとも三成のことか、はたまた夢の中の奇妙な場所のことか。そのどれもがしっくりこない。
自然とあの男のことが頭に浮かんできた。
俺はあの男のことを考えなくてはならないのだ。そう悟った。
あの男は何者だろう。前回も前々回も深く考えなかった。ただ、俺の手がかりであるということだけに気を取られていた。
考えてみると、俺はあの男の名前を知っているような気がした。話した覚えはないが、知っている気がする。しかしパッと思い浮かんでこないから保留だ。
前回も前々回もあの男は死んだ。もし今回も前回前々回の流れを汲んでいるのならば、あの男は今回も死ぬ。前二回がただの夢で、これが現実ならばあの男は実在しないかもしれないから、死にようがない。だが、あの男は実在し、生きていると思う。根拠はない。
前々回はともかく、前回の俺は比較的筋道を立てて物事を考えようとしていた。慎重な性格らしい。だが、今の俺は根拠がないことを自信満々に言い切ろうとしている。慎重さと豪胆さの切り替えを無意識にする人間のようだ。
外の騒がしさがいっそうひどくなった。
心地よい喧騒は熟考をもたらす歓迎すべきものだが、行き過ぎた喧騒はただの騒音だ。少し静かにしてくれ、と訴えようかと思ったが、俺はふとした疑問に心を奪われた。
俺は一度として人と会話をしていないのだ。前回では茶屋でなにかを頼んだような形跡があるが、それが俺が誰かと会話したということにはならない。あくまでも、『俺』という意識があるときに、誰とも会話をしていないのだ。あの男とも結局話すことができていない。
そうとわかると、俺はうまく人と対話ができるのか不安になった。
いいじゃないか。ちょっとうるさいくらい。それにあちらはあちらで楽しんでいるのだろう。俺が邪魔をするなんて無粋だ。しかしこんな夜も深まったときに騒ぐのは、少しおかしいぞ。良識というものが欠けている。
などとあれこれ言い訳をしていたが、俺の感じた疑問はもっと別なものではないだろうかと気付く。
俺は前回も前々回も、こうしてあれこれ考えて、結局あの男と話す機会を失っているではないか。今、こうやって冷静に考えているうちに、やっぱりまた死んでしまうのでは? それは困る。あの男とは話さなくてはならない。それが新たな、根本的な疑問を解決してくれるかもしれないからだ。
そうと気付けば、ここでぼんやりしているわけにはいかない。
俺は立ち上がり、廊下に出た。灯りを持ってくるのを忘れたが、廊下は歩くのに困らないほど明るい。そして、暖かい。いや、熱い。パチパチと火花がはじける音と、支えの木がメキメキ音と立て、今にも崩れ落ちそうである。
しまった!
先ほどまでの喧騒は、兵士たちだったのだ。この城に火を放ち、無駄口を叩いていたに違いない。
あの男は火の中で死んでしまう。その前に探し出さなくてはならない。
どこにいるかなどわからなかったが、火を避けながら進むうちに自信がついてきた。あの男はまだ生きている。俺の進んでいる道は、あの男に通じる道だ。そうに違いない。
火の手はいよいよ勢いを増していった。俺が通った道はすぐに燃え上がり、俺はいささか肝を冷やした。しかしまだ自信は生きている。俺があの男にたどり着くまで、俺は死なないだろう。
そしてまだ燃えていない、美しいふすまが目に入った。
迷わずそれを開けた。
中にあの男がいた。中心で几帳面に正座をし、腹に手を当てている。だが、俺が入ってまもなく男はくずおれた。
「兼続!」
唐突に男の名前を思い出し、俺は叫んでいた。兼続。そうだ、お前の名は兼続だ。
兼続は腹を斬り、介錯を受けたばかりのようだった。
名前
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