目を覚ました。
俺はどうして目を覚ましたのだろうか。それは寝ていたからだ。でもいつ寝たか。それがとんと思い出せなかった。
起き上がって、何かを考えようとしたがぼんやりしてしまって、何をしたらいいのかさっぱり思いつかない。考えようと思うが、何を考えればいいのかもいまいちまとまらない。なんだか不便なことになっていると思った。
ようやく頭がマジメに働きはじめた。
ここは外だ。街中ではなく、町外れのよくある草っ原に俺は寝ている。どうしてこんな場所で寝ているのかわからないが、あまりきれいなところではない。だから立ち上がった。
立ち上がってみるとますます頭が冴えてくるようだった。
それでも頭の中はあちらこちらへと行ったり来たりするばかりで、どうしたらいいのかわからない。ここは外だ。それはわかった。それから俺はなにを考えればよいのだろう。なぜ外にいるのだろう。いつの間に寝たのだろう。普段はどうしているのだろう。何をすればいいのだろう。
いろいろ考えることが多くなってきたので、散歩でもしながら考えることにした。
でも散歩をしているうちに、どうして考えるからって散歩に出なくてはならないのか理解に苦しんだ。だから散歩はやめた。
考えているうちに俺はひとつの大前提に気付いた。
俺は俺のことを知っている。これは当然だ。けれど、わからないことだらけの今、これは非常にありがたかった。
三成。それが俺の名前だ。
その三成とやらはどんな人間なのか。まあそれは俺のような人間だろう。だが、三成は普段どんなことをしているのだろう。これがとても難しい。不思議なことに、俺は『三成』という人名がまるでうそっぽく思えてしかたがない。
これは疑心暗鬼だろう。もう少し気持ちが落ち着いたら馴染んでくるに決まっている。
さて、三成は何をしなくてはならないのだろうか。
結局、自分の名前を知っているということ以外、なんの進展もないらしい。少しは進歩したいものだが、それはむりな注文だろう。
そこで俺は散歩を再開することにした。今回は考えるためではなく、なにか発見がないかという探索のためだ。立ち止まっている限り、俺はずっと何をしたらいいのか考えているだけだ。それでわかるような気もするが、わからないような気もする。
散歩をしているうちに、一つ不安に思った。
俺は迷子なのではないか?
迷子ならば動き回るよりその場に留まっていたほうがいい。けれど、誰かが俺を探しに来るとも限らないのが難点だ。どうしたものか。
来るか来ないかも見当がつかない誰かを待つよりも、どこかを歩き回っていたほうが収穫があるだろう。とりあえずそう考えることにした。俺は若干の変化が欲しいのだ。
まず、何から考えるべきかを考える。三成について考えるのが先か、俺が何をすべきか考えるのが先かだ。俺が何をすべきか考えるには、三成について知らなくてはならない。だが三成について知るには俺がなにかをしなくてはならない。なら俺は何をすべきか。三成についてなにかを知るために何をするのか。まったくの悪循環だ。
そこで気晴らしに、時間が解決する話かどうかを考え始めたが、気は晴れなかった。
歩けど歩けど人里にたどり着かない。町外れだと思っていたが、町なんて近くになかったのかもしれない。
この莫大な違和感をどう説明しようか。気晴らしの気晴らしに考えることにする。
俺はここを知っているような気もするが、知らないような気もする。どこででも見られる平凡な風景だから、そう錯覚するのか。あるいは俺がここを知っているのか。知っているのならば俺はどこに何があるかもわかるだろうが、わからん。
しばらく歩きつめて、なんだかばからしくなってきたので俺は歩くのをやめた。そもそも、ただ歩いたってなんの意味もない。なにかを探す目的を明確にしなくては、歩くのもただの浪費だ。
じゃあ、なにを探そうか。
そうだ、人を探そう。
人が見つかれば、人里も見つかるだろう。三成のことも知っている可能性がある。いやこの際、三成のことは知らなくてもいい。とりあえず、この奇妙な状況を他人に鑑定してもらおう。
探し始めたら、意外と簡単に人は見つかった。
若い男だった。俺と同じように地べたで寝ていた。ただ俺と違うのは、俺は草っ原で寝ていたが、この男は木の根元で眠っていた。
「すまぬが、聞きたいことがある」
呼びかけてみたが起きそうにない。
まったくもって俺には理解しがたかったが、その男を見ているうちに奇妙にも俺は落胆していたのだ。誰にぶつけようもない悔恨による憤りが唐突に噴出してきた。
そして俺は直感的に悟った。
この男が俺の手がかりである。だが、死んでいる。
残念だ。
遅すぎた目覚め
03/26