平面的な場所にただ立ち尽くしているのはたぶん、俺だった。
 俺は自分のことがわからないわけではない。ただ自分が自分である自信がとんとなくなっていた。どうしてそうなったのかは俺にはわからない。これからもわからないだろう。そして、誰もわからないだろう。俺はそれでもかまわないと思っている。俺が俺である自信なんて持たないほうがいっそうよかったのだ。そんなみじめで、みすぼらしく、ゆらゆらと揺れ、なにももたらさない過剰な自意識なんて邪魔なだけで、俺はずっとその強い自意識と、誇大した責任感にきりきりと吊るされていた。
 この場所はそういった、生きているうえでどうしてもしがみついてくるしがらみは元より、『自分』という存在すら洗う場所なのだ。
 しかしそんなことも次第にどうでもよくなってゆく。俺にとってこの場所がどういう場所であろうとたいした問題ではない。
 けっしてこれは強がりなどではない。そんな安っぽい自分など持っていない。俺は心底から、この場所に興味がなく、どこであろうと俺の関与するとこではないと信じている。いや信じるなどという生易しい感情ではない。ここは俺に関与する場所ではないという確信、俺に関与する場所であってはならないという義務感、俺に関与する場所であってほしくないという希望。相反する感情の二律背反に自分を見失いかける。いやすでに見失っているのかもしれない。俺は俺であることに対し著しく自信を喪失している。
 俺はこのように理解しがたい状況下に置かれると、理不尽のあまりに何かしらに腹を立てる。それが俺だ。しかし、不思議なことに俺はちっとも怒る気などしなかった。俺は本当に俺だったのだろうか。その疑問に純粋さを見出す。
 無垢なる俺は、ただ安らかな時間を謳歌している。







anna








06/08