一過
幸村は傘を持ったまま走っていた。風の抵抗を受けて必要以上に息切れしながらも走っている。湿気が多いせいで、顔どころか髪までもべとついている。しかし不快に思う余裕もなく、走っている。
大遅刻だった。
やっと校門が見え、ひと息ついたところで幸村は仰天した。時間はもう昼休みも終わろうとしていたのだ。
母の作った弁当だけでも食べなくては、と、幸村はまた力の限り走った。靴を上履きに履き替え、湿気ですべりやすくなっている廊下を慎重に走っていると、案の定教師から注意された。渋々走ることはやめて早足にすることにしたが、すべりやすいことには変わりなかった。
教室に着くと、政宗が待っていたと言わんばかりに手を振っていた。
「遅いわ。メシはもう食った」
「ああ、すみません」
慌てて駆け寄り、着席した幸村は休む間もなくカバンから弁当を取り出した。育ち盛りの幸村には少々物足りないサイズだったが、今日ばかりは時間的制約のため食べ切れそうにない。
慌しく食べ始めた幸村を、政宗はつまらなそうに見ている。
「もーらい」
「あ!」
「間に合いそうにないから、手伝ってやる」
「行儀が悪いですよ!」
横から勝手につまむ政宗を怒りながらも、幸村は食べることをやめない。どちらも褒められた行儀ではなかった。
「それにしても、珍しいのう。お前から遅刻するなんてメールが来るのも」
「私にもいろいろありましてね」
ふうん、と気のない返事をした政宗はカバンからマンガを取り出し読み始めた(元々、既に昼食は済ませていたため空腹ではなかったので、幸村の弁当をつまむ気にはなれなかった)。
「たまご焼きはやっぱり、だし巻きじゃな」
「とつぜんなんですか」
「さっきつまんだのが砂糖の入ってる、甘いたまご焼きだったから」
「勝手につまんでおいて、文句ですか」
「文句じゃないわ。ただ、甘いのも悪くはないとは思った」
「そうですか」
隣の机に足を乗せて、くつろぎきった状態でマンガを読んでいた政宗は、ちらりと幸村を見た。
「落ち着きがないやつじゃ」
「なんですか、いきなり。失礼な」
「変に大人しくなったり、ハメ外したり、ワケが分からん」
それはここ数日の幸村の挙動を指していることは明らかだった。なんと答えてよいかわからず、幸村は黙々と箸を動かした。
「それにしても、まぶしい。幸村、カーテンを閉めろ」
政宗に言われ窓を見ると、外はいつの間にか雨がやみ、晴れ間が広がっていた。
08/19