距離
月日というものは、一定のペースを保ってしか進まない。それが充実していれば早く過ぎるように感じられるし、惰性ならば延々と続くように感じられるだろう。
彼が今、どのように時が過ぎ行くように感じられるかは、彼にか知りえぬことである。しかし、彼も他者も、同じ時間しか過ごしていないことはやはり事実なのである。
「三成さん」
三成には理解しがたかったが、幸村は奇妙なほど明るく三成を呼び、笑顔を浮かべた。
その音容にひどく情緒を感じていたが、それを振り払うかのように三成はむっつりとした顔でベッドの隅に腰掛けた。とはいえベッドが重みに沈むことはなかった。
三成の返事がないことに若干の戸惑いを見せた幸村は、唐突に深刻な顔を作った。
「今日ですか?」
「……違う」
幸村の問いに、一瞬なんの話だと返しかけた三成だったが、すぐに思い当たり、ぶっきらぼうに返した。
彼は以前に、死を予告していたのだった。様子の違う三成に幸村は早合点し、早急に覚悟を決めようと努力していたようだったが、ただの徒労に終わった。その様を三成はおかしく思った。それは死に慌てる滑稽な姿を嘲るものではなく、単純に早とちりして深刻ぶっている幸村の姿が、コントでも見ているようでおもしろかったのだろう、と、意味もないのに分析する。
一方、幸村は安堵の息を吐いていた。そしてその自分に驚いていた。意外と死に恐れを抱いていることを、死を知りながら、以前言っていた『準備』が全く終わっていないことを改めて実感したのである(彼は、学校の勉強以外のことをもっと知りたかった)。そして次に、彼は何をしにきたのだろうと何度目かの疑問に首をかしげる。
しばらく、奇妙な緊張が続いた。
その緊張を破ったのは、この空気を作っている張本人とも言える三成だった。
「お前はいつ来ても勉強をしているな。そんなに、世界の全てを知りたいのか?」
幸村の机には、教科書とノートが開いたまま置いてあった。彼の足元には付箋の挟まった辞書や参考書が積み重なっている。
以前に三成が来訪したときはベッドの上に乱雑に置かれていたのだが、そうしていないところを見ると、寝る準備でもしていたのか、それとも三成の来訪に気を使ってそうしていたのか。流石にそれは三成でもわかりかねた。
「これは、ただのテスト勉強です」
苦笑いを浮かべていた。
三成の問いに幸村は思い出していた。たくさんのことを知りたいと感じたと。しかし現実にはテスト勉強に手一杯で、それどころではなかった。そのような有様を少し不甲斐なく感じたからゆえの苦笑いであった。
しかし三成にとっては、さほど重要なことでもなかった。そうか、と一言だけ返し、それっきり黙ってしまった。
何かを考えていている様子だったので、幸村は声をかけようにもかけられず、ただ一人で気まずい思いを抱える。とりあえずそこにいる、それだけの存在だった。考えようによっては気楽なことだが、二人きりの空間ではどうにも耐えるには面倒だった。
あまりに、貝のように口を閉じた三成を諦め、幸村は机に向き直った。
「俺はだな」
幸村の興味が三成からそれた途端に、三成は口を開いた。意図したつもりはなかったが、見計らったかのようなタイミングだった。
返事もせず、ゆるりと振り向いた幸村に向かい、三成は続ける。
「死神ではないよ」
「でも、選択の自由がって」
「確かにお前には選択の自由がある。だが俺にもそこそこの自由がある。だからお前が俺を死神と断定しても、俺は自分が死神ではないと断定する」
なぜ、あえてこのことを音に下したのか。三成にも定かではなかった。ただ、それは重要なことのように思われて、思わず口にしていたのだった。
「じゃあ、三成さんは死神さんではありません」
「む」
「本人が違うと言っているのに、なぜ私が強く死神だって主張できるでしょうか。三成さんは死神さんではない、ナニカですね」
「ナニカ」
「ええ。不思議な感じのナニカです」
やんわりとゆるい笑顔を浮かべ、指先でペンをくるくる回している。
そのペンを少しだけ三成は目で追った。
「それにしても、突然どうしたのですか。突然黙ってしまったと思ったら。そのことを考えて?」
ペンが指からはじかれて、飛んでいく。それを拾い上げながら幸村は率直な疑問を口にした。複雑な疑問も考えれば考えるほど生まれてきたが、あまり複雑なことを考えるのは生憎と得意ではなかった。
「さあ、どうだったか。ずいぶん前の話だ。忘れてしまった」
「ずいぶんって、ついさっきじゃないですか」
「さっきもずいぶん前も、変わらない」
「全然違います」
途端に、幸村の言葉が重みを持ったような感覚を覚え、三成は興味を持った。その重みの正体は、彼にはさっぱりわからなかったが。
「全然、違いますよ」
それが、三成と幸村の違いだった。
07/21