「民に苦痛を強いた豊臣政権を支持する庶民がいますか。戦争なんて誰もしたくないじゃないですか」
「豊臣秀吉が死んだ後、朝鮮からは撤兵しているだろう。一概にそう言いきれる話ではない」
「いや、そんな簡単に吹っ切れる話じゃありませんでしょ。少なくとも、不満や不信が募っていたのは確か。家康を不義と断じるには少し」
「豊臣秀吉が天下一統した。それを守るのが普通ではないか」
「じゃあ、制度は違いますが現代に置き換えますよ。戦争しないという法律がある現代で、すぐにでもどこぞの国と戦争だ、徴兵だ、という人がトップにあるとします。そのトップが死んだあと、その子がトップの後を継ぐ。なかなか怖いものがありませんか」
「この国は戦争アレルギーなのだよ」
俺の世代はもちろん、戦争なんて体験していない。親もギリギリ戦争体験者ではなく、祖父や祖母が戦争体験者という世代だ。だが、三成さんくらいの世代は、もはや祖父や祖母も戦争体験者ではないのだろう。
「お涙ちょうだいのドラマ、映画、ドキュメントばかり。一般人は戦争など絶対に駄目だと断固反対。だが実態はどうだ。安保におんぶにだっこ。矛盾しているな。戦争のしすぎはよくないが、しなさすぎもよくないのだ。世界の情勢を見てみれば……」
「まあ、今は関係ない話ですのでここらで」
「……ああ、わかった。つまらん話をした」
三成さんは改憲派なのだろうか。今の状態に満足しているようには見えないが、有権者でもない人間の発言なので無責任のようにも見える。まあ、多くの意見があるということでとりあえず置いておこう。俺の教養なんて本当にたいしたことがないので、あまりつっこんだ話もできない。
なんの話をしていたんだったか。そうだ、豊臣と徳川で不義がうんたらだった。俺のたとえも悪かったせいで随分それてしまった。
「それで、徳川が不義という話ですが」
「不義だろう。守るべき豊臣の天下を掠め取ったのだから」
「んー……、水掛け論ですねえ。それは、豊臣側から見た意見ですね」
「でもおかしいだろう。大名たちがころりと徳川家康になびく様を見て、民はどう思うか。アイツは実力に屈した恩忘れの不義者と思うだろう」
「そう思う人も中にはいるかもしれませんが、豊臣の天下はもうこりごりだって人もいることは確かだったはずです。……いや、それはいいです。それで、さっきの続きを」
「続き?」
「直江さんが若い理由です」
道草を食いすぎて、すっかり本題を忘れてしまっていたらしい。本末転倒というかなんというか。
ああ、そうだった、なんて呟きながら、三成さんは首をかしげて、少しの間考える。何を言おうとしたのか思い出そうとしているらしい。これで、「忘れた」なんて言われたら、俺はマンガのようにズッコけるしかない。
「……直江兼続は、まあ、お前の言う豊臣側からの視点で徳川家康を不義と断じ、家康を挑発して軍を起こさせた。会津征伐と呼ばれるそれだ。そこで石田三成が挙兵し、挟撃と。だが、実際はそうならなかった。家康は軍を取って返し、関ヶ原で西軍東軍が戦をするという事態になった。西軍は破れ、石田三成は処刑された。享年四十一歳だ」
「そうなんですか。お詳しいですね」
「今、パソコンで見ているではないか。お前の目は節穴か」
「すみませんね。そろそろ老眼ですかね」
字が細々と並んでいて、べらぼうに長い。この短時間でよく理解したものだ。とてつもなく情報処理能力が高いのではないか。
「しかし直江兼続は享年六十。なぜか。関ヶ原の戦い後、彼は上洛して家康に陳謝した」
「で」
「それが、不義なのではないか?」
「どうして」
「義を守るために挙兵し、挟撃するはずだったのにそれは成功せず、不義と断じた家康に頭を下げたのだよ。家は取り潰されなかったし、その意味では義となるが。だが、やはり不義だと思ったのではないか」
「ああ、そういうこと。約束を守れなかった、とか、自分が挟撃できなかったから石田三成が死んだ、とか?」
「かもしれん」
なるほど、そう言われればそうかもしれない。正直に言えば、義不義の観念がいまいち理解しきれないのでピンとこないのだが。
これはあくまでも現代の俺たちの憶測にしか過ぎないが。
「さっきアイツは幽霊みたいなものだと言っただろう」
「それで、関ヶ原の戦いのことを気に病んで、彼の精神世界では関ヶ原の年で時が止まっている、と」
「ただの仮説にしかすぎないが、なかなか筋が通ってはいないか」
「かも」
だが、彼が幽霊みたいなもの、精神世界の実像とは決まっていないし本人に自覚があるかどうかもわからないので、完全に納得はできないが。だが、彼が本当に直江兼続ならば、なかなか有力な説のように思える。全く違う人間であったならば振り出しにもどるわけだが。
随分遠回りしたが、ようやく結論が聞けてひとまずは満足と言ったところだ。
「んー……、まあ、この際なんでもありな状況ですからねえ。それもありうる。ですがそれがわかったとしてどうするんですか」
「もし本当にそうならば、あいつはタイムマシンを持っているではないか。過去に行って石田三成に会えばいい」
「と、簡単に言いますがねえ。人間の心なんてそんな、簡単に」
「簡単である必要はない。時間をかけてでもそうして、アイツはこれを解決しなくてはならないのではないか」
「でしょうけれど……、仮説ですから」
「それもそうだが」
「……ああ、でも、そういや、直江さん、そんなこと言ってましたね。『昔に縁があった』とか『三成は義に生きた人間だった』とか。昔というのがどの時代をさすのか明確ではないですが、やっぱり知っていることは確かですね」
「そういえばそうだったな。昔というのも、もしかしたら“未来に行った時の話”とも考えられるからな」
そんな話をしていたら、いつのまにか夜中になってしまっていた。夕飯を忘れていたので急いで食べ、風呂に入って寝た。
12/02