風呂の入り方に首をかしげていた直江さんに、一から風呂の入り方を教え、シャンプーやらなにやらを懇切丁寧に説明し、直江さんが頬を染めて風呂から上がってきたころには九時半を回ろうとしていた。
一番風呂はいやだ、不義だ、とだだをこねたので結局残り湯に入らせてしまう形になったが、まったく気にしていなかった(彼いわく、『私は少しの間お世話になる身だから主人が先に風呂に入るべきだ』らしい)。
しかしてまったく、未来に不安ばかりが残るものだ。彼はまったく、現在の文明を知らない。風呂すらもとんでもない進歩を遂げているのだろうか(たとえば、風呂スーツというものが出来て、食器洗い機のようにそこに入るだけで事足りる、など)。本当に、未来から来たのだろうかと疑ってしまいそうになるが、俺には心強い証拠がある。タイムマシンだ。
そんな彼を、三成さんはどう見ているのかよくわからない。ただ、変なやつ、と連呼するばかりだ。
しかし、直江さんが風呂に入っている間はここぞとばかりに俺ににじりよって、いぶかしむ顔を作って言った。
「お前の友人は、とんでもない山奥で育った人間なのか。どこかの民族なのか。別に悪いとは思わないが、もっといろいろ教えてから外に出したほうがいい」
少なくとも、悪い感情を持って言っているわけではないことは知れた。むしろ、気に入っているのではないか、と思えるほど口調は穏やかなものだった。表情と口調がこれほどに一致しない例も珍しい。
まだ未来人だとは教えていない。教えるタイミングを逃してしまったのだ。
「いや、いい湯だった」
「そりゃよかったです」
それからは各自で好きなように過ごすだけだ。
三成さんと二人のときは、会話なんて特別にせず、お互いもくもくと自分のしたいことをしているだけだった。が、直江さんがいると妙に華やぐ。直江さんがなにかを見つけるたびにはしゃいでどう使うのか聞いてくるからだ。
「これはなんだ、変なニオイがするぞ」
「タバコですよ」
「タバコ? ああ、煙管で吸うやつか。島殿はタバコを吸うのか」
「ええ」
と、いった具合に。
俺はタバコを吸いながら、久しぶりにノートパソコンを起ち上げ、仕事を始める。パソコンを見ても直江さんはびっくりしていた。が、すぐに飽きたのか三成さんの傍によって、読書を始めた。
「『そのプディングは、なにでつくりましたの』……三成」
「食い物だ。つるっとしていて、やわらかい。甘い」
「うまいのか?」
「そのうち買ってくる」
年末は忙しい。決算だ。数字は基本的に嫌いではないが、こうも数字ばかり眺めていると嫌気が差してくるというものだ。エクセルも、もう一生分は使ったといってもおかしくないほどに眺め飽きた。
「おお、楽しみだ。甘味は好物だ」
なんとも能天気な、奇妙な会話だと思った。
直江さんが甘味を好物だと喜んだりするのも奇妙だが、プディングを説明する三成さんも奇妙だ。なにがどう奇妙かといわれると、ミスキャストなのだ。これが母親と子供の会話ならまったくおかしくはないのに。
そう考えると、直江さんは妙に子供っぽいのか。いや、ただ現在の文化を知らないだけだからそんなことはないはずだ。それでも、なにかひっかかるような気がしてならない。まあ、考えたところでむだだった。
直江さんはも愛とかそういう話をしている印象しか……、と。
「直江さん、三成さんには愛について聞かないので?」
「愛?」
三成さんは「またその話か」と言外に辟易していた。
「そもそも、直江さんに聞かれたからなんですよ。なんでも、愛に関する本を書くとかで」
「本を?」
「うむ。そうだ。だが、もう書き終えてしまった。後でゆっくり話すといい」
「後でって、話すだけなら今でできるだろう。左近が悶々と悩んでいた話の種だ。興味がある」
もっともだ。俺もさっき流されてしまったが、今は暇を持て余している時間だ。話すだけならいくらでも話せるだろう。
だが、直江さんは曖昧な苦笑を浮かべ、やんわりとそれを流すばかりだった。
「それよりも、私はそれが読みたい」
「やめろ。お前はいちいち、なになにうるさい」
「知らないことを知る意欲は大事だ」
「知らないにも限度がある」
宇宙から説明させられた三成さんのことを思うと、どこか同情してしまいそうな気持ちになる。
確かに、知らないにも限度がある。未来には宇宙という概念がないのか、はたまた彼が無学なだけなのか。しかし、宇宙という概念がないということは宇宙人説は消えたということか(それとも、地球の人間から見た宇宙の概念に驚いているだけか)。
「いやだ、読みたい」
「慣性の法則ってなにかわかるか?」
「かんせいのほうそく? なんだ?」
「……これを読む前に、理科の勉強から始めなくては話にならん」
「なら、りかを教えてくれ」
「……」
三成さんは直江さん専属の家庭教師になってしまいそうだ。
12/02