「やあ、島殿。どうも久しぶり」

 ひょこっ、と引き出しから顔を見せたのは、どこか懐かしさを湛えた直江さんだった(細長い白い兜が机の上のものをなぎ倒した)。

「おや、三成ではないか」

 親しい友人に呼びかけるように直江さんは三成さんに手を振った。
 夕飯の用意が出来た、と俺を呼びに来ていた三成さんは、引き出しから顔を見せている直江さんを見つけるなり表情も変えずに手荒にドアを閉め、間を置かずに開けた。それを二度三度繰り返したころには紙のような顔色でリビングに戻っていった。
 知らない男が引き出しから顔を見せて、自分に向かって手を振っているのだ。とても異常な状況であるだろうし、夢を見ているのだと思うだろう(けれど、直江さんは親しげにしている。もしや、知り合い?)。
 少し不安だったのでリビングを覗くと、何事もなかったかのようにソファにくつろぎ、本を読んでいる三成さんがいる。

「三成さん」
「なんだ、俺は今疲れている。あまり声をかけてくれるな」
「でも」
「なんだ」
「彼、三成さんのことを知っているみたいですし」
「彼とは誰だ。俺は知らん。知らんぞ。お前、引き出しに人が住んでいるのならなぜ先に言わないのだ。俺はお前が帰ってくるまでの間、あそこにいた人間と二人で留守を守っていたということか? 想像しただけでも寒気がする。知らないことのほうが幸せだってことがよくわかった」
「いや、住んでいないのですけれど」

 どうやら、彼は直江さんがあの引き出しに常駐しているものと思っているらしい。まあ、タイムマシンに比べれば現実的な考え方だ。

「ともかく、お会いしますか?」
「……そうだな。同居人がいたとは知らなかった。夕飯は二人ぶんしかないが」
「別に、そんな気をつかわなくても」

 どうせ、塩辛い塩辛いと言ってカップラーメンは食べないだろうし、すぐに帰るんだろう。いつだって神出鬼没だったから。
 リビングで話し込んでいると、一人で引き出しから這い出ることができたのか、直江さんが顔を見せ、どこか嬉しそうに駆け寄ってきた(格好は初めて会ったときのように、白い時代錯誤のようなものだった)。そして例のごとく床に正座するものだから、俺もつられて正座した(そして三成さんも)。

「久しぶりだな、島殿」
「お久しぶりです」

 と、直江さんは丁寧に頭を下げ、俺も軽く頭を下げる。三成さんは仏頂面で首をちょこっと動かしただけだった。けれど、直江さんはそれをにこにこと見ている。二人が知り合いなのかどうか、これでは少しわからない。
 まだ頭を下げていた俺に三成さんは小声で話しかけてきた。

「お前、自分の机の引き出しにいるのに、久しぶりに会ったのか」
「常駐しているわけではなくて、たまに来るんですよ」
「お前の引き出しは、地下にでも続いているのか?」
「未来に続いているんですよ」
「……」

 三成さんは、まるで太陽を見つめるように目を細め、無言のまま自分の頭のあたりで、指先でくるくると輪を描いた。ここまで人を小馬鹿にする所作を年長者に対してする度胸もなかなかのものだ。
 それを無視して直江さんに向き直り、まず、なにをどう切り出そうか考える。突然に愛の話をするのもなんだかがっついているみたいで恥ずかしいな。ここは、直江さん自身の用件を待つことにした。

「で、どういったご用件で」
「ああ、そうだ、ええと、久しぶりだな?」
「え、はい。お久しぶりです」
「うむ。そうか。わかった」

 要領を得ない会話だった。
 三成さんはいっそう俺と直江さんのクルクルの人だと思ったに違いない。が、俺自身もこの会話の意味がわからないから一緒くたにしないでもらいたい。

「しばらく、いや数日だがここで世話になる」
「え」
「なに、置いておいてくれるだけでいい。できれば食も」
「なぜ」
「ちょっとばかし、人を待っているのだ」

 俺の家を誰かとの待ち合わせに使う気か。それとも誰かに会いに行くのにここで待機しているのか。どちらにせよ、そんなスペースはないのだが。以前は俺と直江さんだけだったからどうにかなったものの、今は三成さんがいる。それに、食費も結構深刻な問題だ。
 今月はどこか、消費者金融の世話になるしかないのか。いや、給料日は目前だ。堪えるしかない(それに、三成さんは意外と節約してくれている)。

「別に……、かまいませんけれど」
「そうか! それはありがたい。数日、よろしく頼む。三成も世話になる」
「あ……、お前は、なぜ俺を知っている」

 ここにきてようやく三成さんが口を開いた。どうにも口を挟めなかったらしいが、直江さんに話しかけられたことでようやく疑問を口にすることをできたようだ。そして、やはり知り合いではないらしい。
 直江さんは未来からやってきた。だから、その未来での知り合ったと考えれば苦もなく理解できる話だが、三成さん自身、タイムマシンについて(今のところ)ちっとも理解を示していないので説明しても無駄だった。

「なになに。昔に、浅からぬ縁で」
「昔?」
「それはそうと、腹が減ってしまった。それと、寝るときだけでいいので、なにか軽装なものをお借りしたい」

 腑に落ちないながらも、俺はタンスに向かうべく正座を崩した。





12/02