「六!」
「わっ」
「あ……、申し訳ありません、驚かせましたか」
「いや、大丈夫ですけど、どうかしたんですかい?」
「……六が、えー、殿の羽織を遊び道具にしていまして」
六が殿の羽織をかじるはよだれを垂らすわもぐりこむわで、取り上げようとすると遊んでもらっているとでも思っているのか嬉しそうに羽織に噛み付いたまま頭を振るわせる。ともかくしっかり言い聞かせねばならんと怒っているところで殿がやってきた。
この男は未だに俺に対して腰が低い。おかしいではないか。
「あー、いいですよ別に。それ一つっきゃない訳でもありませんし」
「そうですか……」
六は俺を見て勝ち誇ったように笑う。なんだか妙に悔しいものがある。しかし殿がいいと言ったのだから俺がこれ以上口を出すことでもない(ああ、けど、俺が負けたみたいで腹が立つ)。
羽織にぐるぐると巻きついて転がっている六の周りに一や八、三が寄ってくる。六が遊んでいるのが羨ましいらしく、時折外側から手を出して突いている。八がにおいを嗅ごうとすると六が大きく身を捩じらせたので、八は驚いてどこかへ逃げてしまった。
またか、と俺は六の隣にしゃがみ、羽織ごと六を引っつかんで目の高さにあわせる。三と一がその動きに合わせて首を動かしている。
「こら、八をいじめるな。お前はいっつも八にちょっかいばかりかけて……」
「仲良きことは美しきかな、ですよ」
殿は俺の隣に腰掛け、三と一を抱きかかえる。太く硬そうな腕に、大きく武骨な指先。三や一はそんなに小さいねこではないのだが、殿の腕の中にいると生まれたばかりの子ねこのようになってしまう。
そちらにしばらく気を取られていたせいか、宙ぶらりんのままだった六が窮屈そうに羽織の中から顔を見せる。にい、と一声あげ、六を見ると、鼻の頭にかぶりついてきた。
「ぎゃっ」
「わ、三成さんっ」
にい
驚きのあまりに六を羽織ごと放り出してしまった。しかし羽織に包まっていようとおかまいなしに六はうまく着地したようだ。羽織を被ったままどこかへ行ってしまった。
「大丈夫ですかい?」
「は、はあ……、平気、です」
本当は少しだけチリチリと針の先で突いているような痛みが残っている。だが、大きな犬ならまだしも、ねこだ。それに本気で怒って噛み付いてきたわけではない。だからたいしたことはないのだ。
「ちょっと待っててください、薬かなんか持ってきますから」
三と一を抱えたまま心配げに俺の顔を覗き込み、忙しくその場を後にする殿の背中を見たとき、どういうわけか、こんなときに「いい加減その言葉遣いを直したらどうですか」という言葉が浮かんできたが呑み込んだ。あとで言えばいいことだ。いい加減に体裁も考えるべきである。
この屋敷にやってからたったの数日しか経っていないが、毎日地道に注意していれば俺のように慣れてくるのだ。結果とは努力の積み重ねだ、基本的には。
鼻の頭を指先でつついているといつのまにかテノヒラが俺の目の前に立っていた。テノヒラはコンの首根っこを掴み、引きずっている。
「どうした」
テノヒラはコンを持ち上げて、俺に見せようとする。その間もコンはされるがままである。どこか具合でも悪くしたのだろうか。
「……変な色のキノコを食べた?」
テノヒラの言うことには、コンは非常に食いしん坊らしい。それでもって野生動物本来の食に対する危機感というものがどういうわけか鈍いらしい。そして、変な色のキノコを食べて具合を悪くしたという。
ともかくテノヒラからコンを受け取り、どういう具合なのか確認することにした。普段、俺の頭によじ登ったりしているやんちゃぶりが嘘のように大人しい。
「まあ、あれだ。こういうときは吐きだしてしまうのが一番だ」
11/06