島左近の屋敷(まあ今は島左近が居候という形になっている)はそれほど大きくない。屋敷という言葉は合わないな。……少し大きい家か。まあ四百石と言っていたし、身の丈に合った建物だとは思う。
聞いたところによると、まだまったく人がいないらしい。本人曰く、面倒だったと。つまり俺が始めて召抱えた人間だということだ。
こんなにむさくるしい男がひとりだ。どれほど散らかっているかと思ったら意外と小奇麗で驚いた。本人曰く、なにもしていないから散らかりもしないと。よくよく見てみると埃が溜まっている。本当になにもしていないらしい。
まず俺は掃除をすることからはじめた。埃だらけの空間はあまり体によくない。埃を吸いすぎると熱が出るからな。
羽織にへばりついていた一から八を振るい落とし、テノヒラを床に置き、腕まくりをする。コンは頭から降りようとしない。……まあいい。
「なにをぼさっとしているのだ。掃除だぞ。……あー、掃除ですよ」
どうにもこの口はへし曲がっている。本人は別にいいと言っているのだが、こういうことはしっかり分別をつけなくてはならぬ。
島左近はすっとぼけた口調で「あ、はいはい」などと呟きながらそそくさとどこかへ行ってしまった。多分、雑巾かなにかを取りに行ったのだろう。戻ってきたら「はい」は一度でいいと言わなくてはならん。
それにしても思ったよりも片付いていて良かった。水拭きするだけで済みそうだ。となるとこの建物の広さから考えて、所要時間は、半日もいらないな。
「これでいいですかね」
「ああ」
雑巾を受け取り、一から八とテノヒラに庭で遊んでいるように言い聞かせ、雑巾がけを始めた。島左近も反対側から雑巾がけを始めたようだ。
四つん這いになって端から端まで走りまわっていると、頭に乗っかっていたコンが背中に移動していた。俺が体を起こすと慌てて頭に戻ってくる。……適度な運動は体に良いからな。うむ。
「そういえば」
「はーい」
独り言のように呟いたつもりだったが、島左近にも声が届いていたようだ。間延びした返事が聞こえてくる。
島左近は耳がいいようだ。
「『殿』でいいか?」
「へ?」
「呼ぶのにだ」
「……俺が、殿ですか?」
「ああ。こんなに口が悪く偉そうでも俺が家臣なのだからな」
いつまでも島左近島左近と呼んでいるわけにもいかない。そこで妥当な呼び名を提案したのだが、島左近はあまり乗り気ではない顔をした。
俺としては、左近様と呼ぶのは語呂が悪くて噛みそうだったから殿にしたのだが。
「いやあ、柄じゃないんで」
「む、どういう意味だ」
「俺が『殿』って柄じゃないってことですよ」
そういうことか。てっきり俺が丁寧な態度を取るのが柄ではないと言うのかと思った。しかし俺もいい加減、ちゃんと敬語に正さなくてはならない。しかし、この島左近に対して敬語を使うということに、多大な違和感を感じるのはなぜだろうか。
「しかしだな、一応は主従だぞ?……ですよ」
「あっはっはっは、無理しなくて結構ですから」
「無理なはずなかろう! 今までだって仕えてきたのだから。それから俺に対して敬語やらさん付けやらは威信に関わるからやめておけ」
「いーや、俺は今、三成さんとこの居候なんでね」
むう。
なんだかこの男といると調子が狂う。
08/27