テノヒラという名になったご近所さんのテノヒラが帰ってからというもの、俺は三の肉球をつつくことに熱中している。どう表現したらいいのかわからないが、この、じたばたと動き回る三がねこっぽい。いや、ねこなのだが。
次第に機嫌が悪くなってきたのか、シャーッ、と叫んでどこかへ隠れてしまった。いじりすぎたな。

考え事をすると、どうにもひとつのものを際限なくいじり倒してしまう。裾をひたすら絞ったり、毛先を眺めたり、畳の目に爪を食い込ませたり。手癖の問題なのだろうか。
頷くことは、俺にとって、実に重労働である。頷くためにはまず、相手の話をよく咀嚼しなくてはならない。正確に飲み込んだ次は、自分の返答を考える。その返答次第では、「はい」も「いいえ」も正当な理由をつける。本心ではどちらかなんて決まっているが、未来を想像する。是非の答えにより、もたらされる将来を十分に考えつくす。どちらも正当化しつくして、結局どちらをとるか悩む。悪循環。
結論は出ているのだが、あと一歩というところで保守派が顔を出す。自尊心も顔を出す。それを叩き伏せる自分と尊重する自分がいる。
損得の問題に挿げ替えようとする自分が腹立たしい。
義や不義で考えない俺は一体、どういう鉛を飲み込んだのだろうか。


もっと誠実に、もっと冷静に考える。

この若く、評判のよくない俺を主からいただいた石全てを与える理由は?
そこまでして俺の能力は買われるべきものなのか?

わからん。まったくもってわからん。

だが、その覚悟には思わず息を呑んだ。そして「居候させてくれ」の言葉に唖然とした。
なんと、変わった男だろう。
素直に言えば、俺はこの男に興味を持った。
それだけを言えればいいのだが、俺の口は俺の意思に介さない存在であることはよく知っている。





「俺はけして、お前に興味があるとかそういうわけではなく、ただ、主からいただいた石全てを俺に与えてまでなにをするか、それに興味があるのだ。あと、そのおおらかな使い方が少し心配だ。お前は意外と後先考えそうにない。だから俺が見てやる。そういうわけだ、よろしく頼む」
「……はあ」
「……ああ、すまない。主従となるのに俺が偉そうにしてどうする」
「え、ああ、すみません。しかしそんな畏まらなくても」


悪気はないだろうし、ここまですっとぼけられるとむしろ清々しさを覚える。

俺としちゃ堅苦しい主従なんてまっぴらだし、対等に付き合えればいいと思っていたが、なぜか俺がこのひとに気を遣っているような気がする。なぜか、このひとには頭が上がらない。なぜだ。


「主従というよりも、友って具合でどうでしょ」
「友? 耳慣れない言葉だ」
「ええ、この時代ですから。なかなか友というものもね。だから、どうでしょ?」


大名同士なんて腹の探りあいのようだし、こういう方たちは友という概念が非常に薄い。
この人もちょっとつっけんどんで生意気ぶっているが、実におもしろい。
……いや、俺も自分が何を考えているのか実はさっぱりわからない。非常にわかりにくい、不親切な言い方をすれば、ずばり直感というものだ。なんの説明にもなっていないことはわかっているが、そうとしか言えない(こういうとき、言葉というものは本当に虚像にすぎないと感じる)。


「友、か……。悪くは、ない」


ぷいっとそっぽを向いた三成さんは、あまり感情をこめずにそう言った。変なとこで奇妙な意地を張る、素直になれない性格のようだ。
そのとき、三成さんと同居しているらしいきつねがひょっこりと現れ、三成さんの背によじ登っていた。ねこがいないな、とふと思ったら、どこからかにゃあにゃあと現れてくる。噂をすれば影、とは言うが。


「ああ、三成さんには俺のとこに来てもらいたいんだが、こいつらは……」
「かまわん。元は野生の動物だからな。俺がいようがいなかろうが好きにするだろう」
「そうですか? ならいいんですが」


三成さんがきつねの首ねっこをつかむと、ぽいっと床に置く。結構ぞんざいな手つきだがそれでも遊んでもらえていると思っているのか、うれしそうに手にじゃれついている。
それを鬱陶しそうに制すと、おもむろにきつねに向かって喋り始めた。


「いいか、俺はここを出るぞ」


言ってわかるものか。そう思いながらも、元は野生だったきつねをここまで懐かせるのだからわかるのかもしれない。


「いやだってなんだ、いやだって。お前、俺が出て行けばまた気楽な生活になるではないか」


……会話している。


「一から八、お前らも聞いていたか。寝たふりをするな。俺はこの男の元へゆくから、また元の生活に戻るだけだろう。……あ? 俺のどこがいいのだ、俺の。別に俺はお前らにたいしたことなどしていない。……ああ、そうだ。好きにすればいい。今までもこれからもお前たちは自由ではないか」


……本当に会話しているかどうか、真偽はともかく審議は終わったようだ


「さ、行きますか? 愛の巣へ」
「巣? 建物ではないのか? お前、どういう環境で生きているのだ」
「……冗談ですよ」