石田三成の住処(と呼ぶにふさわしい)を見つけてから俺は毎日、せかせか通っている。そこで知ったんだが、どうやら彼は動物が友達……らしい。コンと名づけられたきつねが一匹、数字が名前のねこが八匹。俺が行くとねこがにゃーにゃー鳴きやまないらしい。
噂に聞くほどの横柄さは感じないが、少々の居丈高の感はある。まあ、これは仕えていたときの名残だろうな。小生意気そうな顔つきに、憎まれ口の数々。俺から見りゃかわいらしい以外のなにもんでもねえ。
いつものように雑談しながら、それとなく相手を探ってみる。すると、背後から小さなくまが現れた。


「あっ、三成さん、あぶねえ!」
「なんだ」


俺が明らかに背後に向かって叫んだというのに、三成さんはムッと唇をへの字にして俺を見据える。後ろを振り返るという選択肢があったのかなかったのか、あったとしても採用されなかったことに脱力しそうになった。しかし脱力している暇はない。
後ろにくまがいる。これは一大事だ。


「後ろにくまがいるんですよ、後ろ!」
「くま?……ああ、平気だ。ご近所さんだ」


石田三成、計り知れない男だ。
一層強い眩暈に俺は必死に耐えた。


「ご近所さん……」
「ああ。えーと、そうだな。名前をつけていなかった」
「名前……」


三成さんは名前をつける、なんというか、南蛮だかどっかの言葉でセンス、というのか。そのセンスがない。ねこに数字って。ねこに数字って。


「そうだな……。テノヒラ。テノヒラにしよう」
「てのひらっ」
「うむ。どこかの国ではくまの手のひらが高級食材らしいからな」


変な知識があるひとだ。しかしくまの手のひらを……。高級なのか……。将来食べる気なのか。変わったひとだ、本当に。
めでたくテノヒラと名付けられたご近所さんのこぐまを三成さんは慣れた手つきで抱き抱える。丸くて小さい。野生のはずの動物をここまで手なずけるなんて、三成さんは不思議なひとだ(さっきからこればかりだ)。
ご近所さんの到来ですっかり出そこなったが、俺は今日こそと意気を強めて背筋を伸ばした。


「三成さん」
「俺は仕官する気はない」


早い。


「俺は、戦のない世でちいとばかし暇を持て余している」
「……戦を起こす気か?」
「いやまさか。戦はもう勘弁。ただ、戦術ばかりの俺にゃあ退屈だ。だから、アンタが欲しい」
「熱烈な誘い文句だな」


ぴくりとも表情を変えず、近寄ってきたねこを眺めている。次第にわらわらとねこが集まってきて、頭に乗ったりと好き放題し始めた。


「四百石出す」
「俺は二万石で仕えていたのだが、知っているか」
「はは、だがな、俺は四百石しかいただいてねんだな。それ以上はむりだ」
「……? 四百石? 全てではないか」
「そっ。だから、俺をアンタんとこに居候させてくれ」


目を見開いてすっとぼけた表情をしていた三成さんの顔に、ねこがでろんとぶら下がる。


「四……少しどいてくれ……。……変な男だ。主からいただいた石を全て俺に? 俺にそれほどの利用価値があるとは思えんな」
「堅っ苦しく考えない考えない。それにアンタの算術は評判だしな。ねこ数えんのもいいが、こっちもやりがいあると思うぜ?」
「……考えておこう。名は」
「島左近」


上々の首尾だな。




08/17