きつねはたまになにかを持ってくる。今日は松茸だった。前はどんぐりだとか山菜だったのだが、いきなり飛躍した。
なにを考えているのかよくわからないが、食べ物を持ってくるに越したことはない。とりあえずご苦労だったと労いの意味をこめて遊んでやっていたところで、突然戸が開いた。いつからそんなからくりになったのかと一瞬考えたが、そこにひとが立っていた。
たくましい男だった。目が合ったとき、只者ではないものを感じ、どこぞの大名でもやってきたのかと思った。その男はなにも喋らないまま戸を閉め、外から声をかけてきた。
いったいなにが起きたのか俺には理解しかねた。わからないから、何をどう返答したのかもよく覚えていない。ただ久しぶりに人間がやってきたものだから、俺の許容量を越えた混乱に目が回った。
なにかを話しかけられたような気もするが意識をほとんどきつねに集中させることでどうにか自分を落ち着かせていた。こいつに名前をつけてやろうか……とか、今日は他の動物がいないな……とか。
ただひとつだけはっきりと覚えているくだりがある。
「あなたは、石田三成殿ですか?」
「……違うな。そんな人間、聞いたこともない」
むう、嘘をついてしまった。
しかし正しいことを告げるばかりが義ではないし、俺はもうそんなことに関わる気もない。若いうちからなにを言っているんだと言われそうな気もするがな。
納得しているのか微妙な顔つきで、その男は家を出て行った。そういえば名前を聞いていなかった。あれほど尋常ではない気の持ち主だし、著名な大名かもしれない。だが、こんなところにひとりでひょっこり現れるのだから、そんなこともないのか。
よくわからない男だったが、すぐに忘れることにした。
「あ、おい、追いかけるな」
きつねが好奇心旺盛のあの男を追いかけようとしたので、首根っこを掴んでやめさせた。
しかし名前をつけないと不便だな。
この家にやってくる動物はだいたい決まっている。きつねとねこ。一番よくやってくるのはきつねだ。ねこはやっぱり気まぐれである。たまにやってくるのがうさぎだとか小熊だとか。……俺のご近所さんだ。
ともかく、きつねはしょっちゅうやってくるから名前をつけることにした。しかし俺はあまり発想力がない。だから鳴き声からとってコンだ。コン。
ねこについては、まず数を確認しよう。すると驚くことに八匹もいた。このまま放っておいたらまたどんどん子どもを作ってくるんだろうな……。そんな気持ちで、今は見分けるところから始めている。しかし名前を考えるのが億劫なので、数字で呼んでいる。一、二、三……。
あの男がやってきたときはすっかりいなかったのに、いまではちゃっかり部屋中に陣取っている。
そこで、もはや聞きなれた声が響いた。
「すみませーん」
あの男はあれから毎日まめにここに訪れる。未だにあいつは名を名乗らないし俺も言及しない。ついでに俺も名前を名乗らない(なのに相手は知っているという不公平さ)。
コンも一から八もすっかりこの男のことを覚えてしまって、懐いている。コンなんかは嬉しそうに駆け寄っていく(人懐こいやつだ)。
男はいつも通り縁先に腰掛けて、コンの腹を撫でる。一から八は順々に鳴く。
「相変わらずねこ屋敷ですねえ」
「同居ねこだからな」
「ははっ、そーなんですかあ」
男はいつものらりくらりとしている。
男はいつも俺に「石田三成殿ですか」と問う。
そういえば、今日はご近所さんが来る日だ。
08/15