[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
きつねが一匹、松茸を腕いっぱいに抱えている。輝く毛並みよりも松茸が目に入った。冬に備えるのか、それにしちゃ美食家だ。何気なくそのきつねを追いかけることにした。
きつねの尾はふさふさと毛が生え、歩くたびに右へ左へいそがしい。そういえばきつねは四つんばいで移動するんじゃなかったか。見てみるとやはり四つんばいだ。さっき抱えていた松茸はどうなっているんだ?
けもの道を苦労しながらついていくと、きつねの姿を見失った。音を立てたせいか驚いてどっかに隠れちまったのかもしれねえ。
なんだかなにも上手くいかないな、とため息をつきたくなった。そこで引き返そうかと思ったが、小さく民家らしきボロ家が目に入った。なんだか足も鉛のように重いし、少し休もうとそのボロ家を目指すことにした。誰も住んでいなさそうだしな。
特になんの心構えもなく、ガラリと戸を引いた俺は硬直した。誰も住んでいなさそうなボロい外観のくせに、中は妙に片付いていて、床には埃のかけらも見当たらない。それになにより、誰も住んでいなさそうという目論見は外れた。誰かいる。
完全に混乱した俺はなにも言えないまま一旦、戸を閉めた。
白い人間がいる。白い人間、白い人間がいる。きつねと白い人間がいる。なに見とんじゃって目で見られた。男? 女? 髪の色が茶色だった。珍しい。というか俺、すっごい失礼なことしたよな。
うだうだと頭のなかでしょうもないことを繰り返し、俺は戸に向かって声をあげた。
「すみません、誰かいらっしゃいますか」
……いるのは知っている。なにさっきの不躾を無かったことにしようとしているんだ俺は。張り裂けそうになる心臓を押さえ、俺はぐるぐると回る視界の中を気力で立っている。
「……ああ、いるぞ」
どうやら相手も困惑しているようだ。言葉は少ないがそれはよくわかった。
「失礼していいですか」
「……あ、ああ」
許可をもらったので俺は、なるべく遠慮がちに戸を引いて、再び中の人間と顔を合わせた。
お互いまじまじと睨みあい、どういう人間かと探り合っている雰囲気。きつねは松茸をかじってごろごろ転がっている(野生じゃないのか?)。
その男の顔を見た俺は、一瞬、奇妙な既視感に思考力を奪われた。なぜ見たことがあるような気がしたのかすぐには気付けなかったが、噂のひとつの石田三成の容姿にそっくりだった。
とりあえず勧められるままに腰をかけ、その人物を観察してみる。
「こんなところにひとが来るなど、珍しいな」
俺に話しかけているのか、と思い振り返るが視線は合わない。そのひとはきつねに向かって話しかけている。不審者とは目を合わせられないのか、それとも本当にきつねに話しかけているのか……判断しかねた。
しかしきつねが起き上がり、なにやら仕草をしてみせているのを見た瞬間覚った。
……このひとは、森の住人だ。
「……あ、すまない。ひとと接さなくなると、どうにもこういうことをしてしまう」
そのひとは慌てて弁解しながら、きつねの腹を撫でる。きつねはこそばゆそうに仰向けになりながら転がっている(犬みたいだ)。
「いえ。あなたは、石田三成殿ですか?」
「……違うな。そんな人間、聞いたこともない。茶でも飲んだらそうそうに山を下るといい。暗くなると迷うからな」
あっけなくそう返された。だが俺は半ば確信している。これが石田三成に違いない。噂どおりに若い、生意気そうな顔立ちだ(それにしちゃどことなく上の空だが)。
欲しいな。
ますますそう思った。
08/12