主君の不義に怒り、石田三成が高禄を蹴って牢人しているらしい。という話がどこぞから流れてきた。
石田三成といえば、口も悪く横柄で融通がきかないが、潔癖な堅物で若い人間という。なんでも義の中の義のひとだとかで、他の同僚に嫉まれるほどの勤勉で、頭もいいとか。そんで計算が異様に早い。

まあ、あまりいい噂は多くない。次いで容姿に関しても紆余曲折した噂が舞い込んでくる。一説によると肌は女子のように白く、切れ長の瞳に黒く濃い睫毛。鼻筋が通っており、唇も眉もよく整った華奢な、見るからに賢そうな優男。また別の噂では見上げるほどの巨体で肌は浅黒く、歯はまばらで極度に目が飛び出し、鼻の頭に傷のある男。またある噂ではきつねのように細い目に眉がなく、反っ歯の男……と、噂じゃとてもじゃないが想像がつかない(噂とは常々信ずるに値しない)。

ま、俺もめでたく四百石をいただいたわけですし、噂の石田三成、欲しいな。俺ぁ腕も立つし頭もよく働く。だが、それは戦術だ。戦略を立てる人間も必要である(本当は戦なんて起こる予定はないんだがな)。

そーいう訳で、俺は石田三成がどこにいるか捜すことから始めた。

しかし全く足が掴めない。

そもそも容姿ですら正確に伝わってこないような、秘蔵っ子だ。そう簡単に見つかるわけがない。今の俺は四百石の身分。捜索を頼めるような臣下もいない。地道に自分の足で捜すしかないが、ちっとも役に立ちそうな情報はない。町民はもとより、関係者ですら知らないなんて!

町で丸一日張っていても、それらしき人物は現れない。まあ容姿を知らないんだ。無駄なあがきをした。

若いくせにもうどっかの山奥に隠居しちまったのかもしれねえ。

そう思い、苦肉の策としてひとりむなしい山狩りを施行することにした。


今が松茸薫る秋でよかった。夏や冬ならばすぐに体が参っちまう。まだ若いつもりだが。しかし本当によかった。山狩りと言うより紅葉狩りだ。紅葉が立派だ。

なんの因果かしらんが、今の主に仕えることになった日を思い出した。

俺は戦災孤児だった。先の大戦で家を焼かれ親は死んだ。そこで復讐に燃える俺を拾った物好きが今の主だ。生きるに苦労はしないし、周りのやつらともまあまあ上手くやっている。こうして自由にさせてもらっているしな。

戦は終わった。今は泰平の世らしい。それなのに俺は戦術にのめり込んでいる。ばかばかしい。もう戦はない。
考えてみると、俺が石田三成を欲しいと思ったのは、石田三成が計算に長けていると耳にしたからかもしれない。俺は計算が得意なほうではない。そいつがいたら仕事もはかどるんじゃないか、という下心からかもしれない。ま、俺にはそんな大層な仕事は回ってこないがな。

まあ、ここまでてこずらせるんだ。手ぶらじゃ帰れねえな。松茸か石田三成、どちらかが手に入んなくちゃ、島左近の名が泣くってやつだ。







腹が立ってしかたがない。

民を見守り治安を守るはずの人間が不義を働くなど言語道断。普段の俺ならば牢人するという選択肢もなく、ただ右へ左へ奔走していたのだが、今回はそうもいかなくなった。どうにも俺は嫌われ者らしく、同僚にはめられて失脚というやつだ。

まあ、もうどうでもいい。もうこんな世には飽き飽きした。

だいいち、膚に合わない。いや、今は特別に戦もなく、いわゆる泰平の世で俺のような頭でっかちな人間は重用されるのだが、俺のこの「義」や「不義」という気性そのものが理解できないらしい。俺も理解できない人間が理解できない。

先の大戦の名残か、そういう男も多いし、失脚させられたし、あんなところ俺から出て行ってやる、ということでほとんど身一つで飛び出してきた(不義を働いたような気がするが、俺の義が悲鳴をあげていた)。

身一つで飛び出したものの、俺には行く宛てがない。それに町の喧騒もあまり好きになれないし、ひっそり山奥で悠々自適に生きることにした。俺の計画ではそこで地道に畑を作り、完全に自給自足の生活をするつもりだ。苦労も多いだろうが、それはそれで楽しいに違いない。

そう思い山奥に入っていくと、丁度いいことに誰も使っていなさそうなボロ家を発見した。これはいい。気配をうかがい、誰も使っていないことを確認してボロ家に足を踏み込んだ。
中にはきつねがいた。他にはねこがやたらといる。何匹か数える気も失せた。皆一様に俺の姿を見つけるなり走り回り、家を飛び出していった。

ふむ。長く使われないうちに動物が住み込んでいたのか。悪いことをしたか?

足あとだらけの床を見て、腰を下ろす間もなく雑巾がけすることにした。


掃除が完全に終わるのに数日かかった。

しかし俺の計算ではもう少しかかるはずだったが、早いに越したことはない。ひとりで随分働いたものだ。きれいになった床に寝転がり、俺はようやく体を休めることにした。

目を覚まし、部屋中を見渡して俺は眩暈を覚えた。きれいにしたばかりの床に足あとが無数とある。俺が眠ったのを見計らって、動物たちがやってきたのだ。しかも足あとは俺の着物にもしっかりついている。胸や腹、腕、足……。これほど踏まれて気付かなかった俺も悪い。

そこで俺は戸をしっかり閉め、あり一匹入ってこれぬよう万全を期して夜を迎えることにした。多分、動物は夜行性だ。

さて、少し眠くなってきて、いろりに薪でもくべようかと思ったそのとき、俺の頭にえも知れぬ衝撃が走った。思わずかえるのような声を出してしまい、自分からこんな音がでるなんて知らなかった、と暢気に考えもした。

いったい、なぜ頭を殴られたかのような衝撃があったのか。不気味な気持ちで恐る恐る振り返ると、そこにはきつねがいた。


「……おい」


話しかけても通じないだろうな、ということは重々承知だったが、話しかけずにはいられなかった。
きつねは涼しい顔をして部屋中を歩き回っている。次いでぼとぼとと、うさぎや小熊、すずめと落ちてくる。そうか、天井裏に潜んでいたのか。意外な気持ちに包まれながらその動物たちの動きを見ている(というか種類が豊富すぎる)。

ひとに慣れているのか? 変な動物たちだ。種類もばらばらだし、人間がいても平気で悠々自適にすごしている。



次第に動物たちと意思の疎通ができるようになってきた。俺も仙人に近づいているな。話しかけると反応するし、指示すると意外と言うことをきく。人間よりもよっぽど扱いやすいし、素直だ。
動物たちは、最初から俺のことを怖がっていない様子だったが昼間は全く現れていなかった。しかし最近はちょこちょこ顔を出すようになってきた。



……俺は、森の仲間たちの仲間入りをしたというのだろうか。




08/10