三成の症状が悪化したのは紛れも無く私がヤブ医者だからだなのかもしれない。女嫌いに犬の毛アレルギーに増して、イチゴ嫌いになってしまった。不義病患者にドンブリ二杯分のイチゴを与えるとイチゴ嫌いになる。これはとても良い教訓になった。
それをふまえ、次はミカンにしたのだが指先が黄色くなったうえにミカンなど見たくないとマジギレされてしまった。なにぶん、初めてのタイプの患者だから俺も少々手を焼いている。
しかしこの経験を文章にしたため、いつか同じような悩みを持つ人々へのマニュアルとしたい。そんな野望を抱いている。それが、私の不義により生み出したこの恐ろしい症状に悩む人々に対する義だと思っている。
「おい兼続、またそんなチンマリ小説なんか書いてよお、三成はどうした三成は」
「慶次…、小説に見えるか?コレが」
「んー?いつもいつもそうやってペン持ってよお、小説じゃなかったらなんなんだ?」
「不義病の症例をだな、したためているんだ。こういう記録を取っておくことは基本だぞ。き・ほ・ん」
「あー?」
と、私の仕事を邪魔するのは慶次だ。
主人格となった三成―殿は、完全に慶次を『傾奇者』と認識している。(さらに言えば、ここを大規模な研究施設と認識しているし、慶次を私の実験モルモットだとも認識している)
そういえば殿の方の三成は慶次のことを苦手のようだが、三成の方は慶次のことを存外気に入ってるようだった。殿の方は少し神経質な面がある。部屋の掃除などは特別に頓着は無いが、他人に関しては中々シビアだ。
「あっ、こら、慶次!勝手に書くな」
「いいじゃねえかいいじゃねえか。俺から見た三成に関してだって貴重な意見だろ?」
「それはそうだが、筆跡が違うだろう」
「まったく、神経質な御仁だねえ。いいじゃねえか」
「よくない。私は私の字でその紙面を統一したい」
慶次はその大柄な体に似合わず、とても字が上手い。しかし上手い下手関係無く、私には許しがたいことだった。
さて時計を見たところ、そろそろ三成がやってくるころだ。基本的に主人格である殿三成は交代人格である三成の存在を知らない。(これは解離性同一性障害の患者にもよくあるケースだ。片方は片方をよく知っているが、もう片方は片方を全く知らない、ということだ)だから、殿の方が床についたころに三成がやってくる。肉体は同じものを使っているわけだから、肉体的疲労は相当のものだろうが、殿がよく居眠りをしているのは知っている。
「そろそろ三成が来るが、慶次はどうする?」
「お、久しぶりに会って行こうかね」
「そうか」
さて本日の療法はどういった結果に終わるだろうか。
簡単に本日の案を紙に書き出し、いつ三成がやってきてもいいように万全の体勢で望んだ。慶次は備え付けの小さなキッチンでお湯を沸かし始めた。
まだ来ないのか、と時計を見たそのタイミングで私の部屋のドアが乱暴に開けられた。
「どうしたんだ、三成」
「おい兼続!そこを女がうろついていたぞ!どういうことだ!」
「あ、ああ…、すまん。彼女は…ねね殿だ」
「名前など聞いておらぬ!なぜ、女が、いる!」
ともかく激昂して私に掴みかかってくる三成を、お茶を乗せた盆を持って現れた慶次が止めてくれた。長い間私は酸欠状態にあったような気がするが、あながち気のせいでもないようだ。慶次は一旦台所まで盆を置きに行って、こっちに戻ってきて三成を止めたらしい。
再度盆を持って台所から現れた慶次を見て私は悟った。
なんてマイペースなんだ、慶次よ。
「三成、落ち着け落ち着け。兼続をどうこうしたってしょうがねえだろ」
「しかしだな!俺にとっては死活問題なのだよ!」
「ほらほら」コン
「…うん」
「…」
慶次は手でキツネを作り、三成をなだめる。三成は慶次の言うことを良く聞く。兄貴風を吹かす慶次を、やはり気に入っているようだ。
三成が落ち着いたところで、本日の治療を始めようか。
「今日の療法だが、例のアニマルセラピーを激化してみようと思う」
「アニマルセラピー?」
「昨日言っていただろう。猫がどうこう」
「ああ…」
と、いうわけで私が捕獲してきたのはアオダイショウだ。アオダイショウは日本では最もポピュラーなヘビで、無毒だ。だから安心だ。
どん、と水槽一杯に詰め込んだアオダイショウたちをテーブルに置いた。慶次のいつもの笑顔が凍りついたようにも見える。たしかに、水槽の中でうねうねと絡み合い、怪しげに光り、動き回るアオダイショウたち(三十匹)は圧巻だ。
「ねっ、猫ではないぞコレは!」
「そうだ。アオダイショウだぞ」
「か、兼続、少し考え直してみねえか?」
普段はいたずらっ子な慶次も真っ青になって、私を止めにかかった。しかしこれは療法で…。
「貴様!俺を殺す気か…!」
「それは勘違いだ。アオダイショウは毒を持っていない」
「アニマルセラピーではないこれは!癒されぬ!」
「そうだぜ兼続。それならもっと、犬とか猫とか、コブタとか…」
「犬だとおおお?!」
「ああ、すまんすまん!」
犬と聞いて絶叫した三成に謝る慶次を見ながら、これも失敗だ、とカルテに書き込んだ。
「あんな!うねうねしたものなど見たくもない!」
うねうね恐怖症、と書き込んでおいた。