「へっぶし、っぐしゅッ、へぇっぐしゅい!ばっ、くしゅっ、ちかっ、よるなっぶしゅ!」

「とっ、殿…?」

「はっ、ふあ、はなっ、はっぐしゅっ!離れろ!」


すっとぼけた顔をして俺を見つめる乳、いや、女左近を遠くへ蹴飛ばし、くしゃみの発作が終わるのを待つ。

俺の女嫌いは体質的な問題からだ。近年発見された女からのみ発せられるβ波という独特の周波数(女の体を包むように発せられている)がどうやら俺固有のγ波と相性が悪く、体中の機能が狂って最悪の場合死に至る。

今回はくしゃみだけで済んだものの、長く近くにいるとまず内臓が壊死してしまう。とにかく恐ろしいのだ。


「だ、大丈夫ですか?」

「…ああ、落ち着いた。これでわかっただろう、俺の女嫌いの理由が。最悪の場合死に至る」

「くしゃみのしすぎでですか」

「ばかもの」


からかい気味だが、真剣味もある声音で女左近は言う。言動は左近そのものなのに、声は女だ。

その声を聞くだけでもおぞましい。

女左近は壁際まで下がり、ゆったりと壁に寄り掛かり暢気に自分の髪の毛先を眺めている。(しぐさまで女じみている)女は視界に入るだけでイライラする。


「とにかく、その欝陶しいものをどうにかしろ。二の腕がかゆくてたまらん」

「…て、殿の薬が失敗したせいで」

「失敗などしておらぬ!」

「いい加減認めてくださいよ」


一般男子ならば大喜びのあまりヨガでもなんでも出来るだろうが、俺はおぞましさのあまり投身する勢いだ。

今ほど自分の有り余る才能を悔やんだ日はない。まさかこんな気持ち悪いものを作ってしまうなんて。俺は左近を男に戻したいのに、どうしてその才能がないのだ。過ぎたるは及ばざるがごとし。


「いいか、また作るぞ。俺は作るぞ。よし、まず胃を解剖しよう。成分を調べるのだ。あと尿検だ」

「え、ちょ、尿検…?!いやですよ、左近は今女の体なんですから」

「ふん。お前の女遊びが俺の耳に入らぬとでも思っていたか」

「えー…」


左近の女遊びの激しさといったらもう、勢いはサンバのパレードだ。…ちょっと想像するとリアルに腰の使い方が似ているかもしれないがそこまでは想定していなかった。

それでいて左近は両刀なのだから恐ろしい。左近、抜かりないな。



「しまった!俺はお前に近寄れないのだ。解剖などできないのだ。…血液の採取だけでいいだろうか」

「血液の採取ならできるんですか?」

「貴様もここの研究員ならば自分の血くらい自分で取れ」



しまっておいた注射器を取り出して、女左近に投げつけた。相当慌てふためいた声が聞こえてきたが無視だ。女など俺の生を脅かす害虫なのだ。

だからこそこのひどく閉鎖的な陰鬱な研究所に下宿しているのだ。男ばかりというのもむさくるしいがな。背に腹は変えられぬ。



「まったく、注射器はもっと丁寧に…。消毒が…」



ぶつぶつ呟く女の声が聞こえてきたが鬱陶しいこと極まりない。女ごときに俺の思考を邪魔させるなど手の震えが止まらぬほど腹立たしい。

なぜ女などという生き物がいるのだ。いや女がいるのはまだかまわないがβ波などふざけたもの。

γ波だって、なぜ俺だけなのだ。正確にはこれは祖父から遺伝らしい。しかしこうして俺がここにいる限り、祖父は女と交わったということだから克服は可能のはずなのだ。しかし、その方法は父の代で紛失されてしまった。こなくそっ。

本当に生きにくい世の中だ!



「おい、さっさと血を抜け」

「もう終わりました。ここに置けばいいんですかい?」

「ああ。そして離れろ」



女左近が遠くへ離れたのを見計らって、俺は目にも留まらぬ速さで注射器を取り、所定の位置へついた。

しかしそのとき、おぞましい感覚が背をつきぬけた。



「うっ…」

「殿?」

「…っ」



やばい、と本能的に思った。

視界はグラグラ笑いながら回る。極彩色の世界に吸い込まれる。なにが笑っているというのだ。誰が俺を笑うというのだ。

くだらない。

笑える。

そうだ、俺が笑っているのか。


おかしいな。



コンコン


「殿さーん、女性物の服、持ってきましたよー」




解離する世界


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