意識が浮上してきてなんとなく、重いな、と感じた。なにがどうして重いかを考える前にただ重いなと思っていた。次に暑い、とも思った。腹のあたりを中心に妙に熱を持っている。もしかしたら妊婦さんってのはこういうもんなのかもしれない。

ようやくおかしい、と知覚して、素早く起き上がり、原因を見つけて呆れ顔を作った。


「殿、なにしてるんですか。左近の腹を枕にして楽しいですか」

「んー、楽しくはない」


まだ半分以上眠っている様子の殿は、布団の中にもぐりこみながらぶつぶつと返事を返してきた。どうにもとっつきにくい性格だが、容姿と寝起き、寝相の悪さはピカイチだ。

俺の布団の隣に敷かれた布団。寝相でぐるぐる回っているうちにこっちに侵入してきたのだろう。流石に五度目ともなれば慣れるものだ。


「あー、ほら、そろそろ起きましょう。朝の挨拶しに」

「……わかった」


確かに寝起きは悪いが、それでも理性はきちんと働いているようで、もぞもぞと布団から顔を出す。まるでイモムシのような姿に苦笑いを浮かべながら、頭を軽く叩いてみた。すると、子ども扱いされることが嫌いな殿は、不機嫌な顔で再度布団の中に舞い戻ってしまった。まるで亀じゃないか。

いつまでもそうしていれば間に合わなくなることは確実で、力いっぱい布団をひっぺがした。


「…眠い」

「ほらほら、いつまでも寝てないで」

「起きるか」

「そうですよ」



諦めたのかのろのろと起き上がり、あぶなっかしい足つきで部屋のドアに手をかけた。八畳程度の本当に寝てくつろぐだけの部屋だ。ドアまでの距離はたいしてない。


俺と殿はふらふらと住宅街に足を踏み入れていた。なにか解決案は無いかとふらふらしていたところだ。そのときにひとりの男に声をかけられた。整った口髭が妙な時代錯誤を感じさせる、ひとなつこい笑顔を浮かべた男だった。

まるで昔の時代の髷を思わせるようなオールバックのポニーテールの不思議な男に、もちろん最初は警戒したんだが、殿は思いのほかガードがゆるかった。

知らない人にほいほいついていっちゃいけません、て教わらなかったのかね?

ともかく殿は俺の返事も待たずにその男――秀吉さんについていった(もちろん、俺も一緒に)。

そして、俺と殿はこのどこの誰とも知れぬ秀吉さんの家に厄介になっている。意味がわからない。

どうして俺たちはこんな、身元の知れぬ男の世話になっているんだ。

――殿が懐いたから。

言ってしまえばそれだけの理由なのに。

それでもこの秀吉さんというひとは、ほがらかで、面と向かっているだけで心のわだかまりがほぐれていくような、かわいらしいひとだ。今もその印象は変わらない。

ただ、謎だ。この秀吉という男は、謎に包まれている。

どこが謎なのか、という問いにはうまく答えられそうにないが、謎だ(なんの説明にもなっていない)。

具体的に……、そうだ、雰囲気が、なにか違う。どうにも周りの空気から浮き出たような、二酸化炭素だか、水素だか、窒素だか、ともかくそんな、浮遊感を感じる。

そんな秀吉さんの家にお邪魔しはじめてしばらくが経つ。

あの変な施設からの音沙汰もないし、ともかく平和だ。平和はいい。

しかしひとつ頭がくらっ、とすることがある。



「秀吉様、おはようございます」



なぜか、様付けで、まるで秀吉さんを崇めるように接する殿だ。

いったいなんだってそんな上下関係を作っているんだ(たしかに俺たちは居候の身だが、やりすぎだ)。

俺とて殿のことを殿って呼んでいるが、これは言わばニックネームじゃないか。あの研究所での。


「三成、おはよう。左近も」

「はあ、おはようございます」


そして秀吉さんも、当然のように振舞う。

別に偉そうにしている、とか、無理難題をふっかけられる、というわけじゃないが、すこぶる自然なんだ。その様子が。


「今日も寝坊したんか?」

「してません」

「しましたよ」

「してないぞ!」

「ははっ、寝る子は育つっちゅうからなあ」


これが主な日常だ。






日常の系譜





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