「あそこがどういった場所かですって?そんなの調べるよりも、これからどうするか考えましょうよ」
「うむ、それはわかっているのだがな。やはり気になるだろう」
からりと晴れた太陽の下で、つかつかと背筋を伸ばして歩く殿。そして隣で今後の不安に駆られながらのっそりと歩く俺。格好が格好なせいか俺たちは道行く人々の視線に辟易していた。(なぜなら白衣のまま俺たちは飛び出してきたからだ)
人の多い商店街を避け、当て所も無く歩き、俺たちは小さな山に足を踏み入れた。どうやら結構な田舎らしく、中心は栄えているが少し外れれば古き良き、を思い出させる。
ろくに舗装されていない砂利道を歩きながら、殿は突然言った。「あの建物は結局、なんだったのだろうか。なんの目的で」
気にならないといえば当然嘘になるが、かといって調べようにも後先考えずに逃げ出してきたばかりだ。俺としたことが、しくじったな。(いやでも殿の行動が急すぎたんだ)まさか無一文で山中をうろうろするハメになるとは。
少し話がそれたが、ともかく調べようにも調べられない。俺たちはこうして想像するくらいしか出来ないわけだ。
「わかっているんだったら聞き分けてくださいよ。無一文なんですよ、左近も殿も」
「ふ、本当にか?」
「なに余裕ぶってるんですか」
不敵な笑みを浮かべ、殿は足を止めた。それにならい俺も立ち止まる。軽口かと思って、半ば呆れ気味にたしなめるが余裕のスタンスは崩れない。本当になにが余裕なんだろうか。
(ふと思えば殿とまたこうやって普通に会話ができるなんて、と感動した。思い込みとはいえ俺は本当に女になったりなんやしていて、殿に心底怯えられていたことを思い出す。こんな些細な会話ですらあのときはできなかったのだ。ただ重苦しい沈黙と明日への不安ばかりで、生きているのがだんだんと苦痛にすら感じてきてた。あの空間は一体なんだったのだろうか。異様な世界だった)
「実はな、俺のデスクにはさまざまなものが入っていてな。デスクの裏側に隠すように貼り付けてあった封筒があった。その中はなんと金だ。きっと俺が使う前にも使っていた人間がいたのだろう。ともかく今は俺のものだから、と、もらってきた」
「わ、なんですかそのヘソクリ的隠し場所」
「ヘソクリだったのだろうか。五万円」
得意気に懐から封筒を取り出す殿。まさか殿がお金を持っていたなんて、と俺はだいぶ驚いたがこれで数日はどうにかなるのかな、と安堵した。けれども大人の男二人で五万円、いつまでもつことやら。
山道を抜け、少し拓けた場所に出た。本当に小さな山(むしろ丘かもしれない)で、上って下りたのにたいして時間も経っていないし、息もきれていない。ぽつぽつと住宅が姿を現し始めている。
「左近、左近!こうしよう」
「なんですか?」
さも妙案を思いついたと言わんばかりに目を輝かせ、殿は俺の袖を引っ張った。この人のこういう、なにか閃いた、というときはあまり信用ならない。前例があるからだ。(変な薬のこととか)
それでも俺は殿の話をじっくり聞く。ともかく好きなだけ話させて満足させるのだ。それが良ければ推すし、不安なところがあれば引き止める。俺はそもそも、あの建物にいたとき、殿の『ストッパー』としての役割を与えられていた。
「そこらへんに倒れて、誰かに拾われよう。そうしたら衣食住には困らない」
「あのですねえ…、どんな人間がいるかもわからないんですよ?怪しい、なにかバックにしょってるような人に拾われたらどうするんですか。未来なんてありません」
「こんな閑静な住宅街にそんな夢のようなものがあるものか」
殿の言うことも最もだが、それでも不安は拭えない。
そもそも、今の時代に行き倒れの人間を拾うようなボランティア精神に富んだ人間がいるものだろうか。下手したら警察だとか病院だとかに連絡されて、芋づる式に俺たちのことがあの、妙な建物の人間たちに知られるんじゃないだろうか。
そういった不安が根底にある俺とは違い、殿は少し楽観的にものを見ているようだ。
「のう、お前たち。そのカッコ、目立つぞ」