三成の言葉は意味深だった。
催眠状態にある三成がくまのぬいぐるみから聞いた言葉、それは深層心理からの返答でもある。あれは三成の深層心理の疑問だ。本人は自覚していないが、ここへの疑問が鬱積しているのだろう。
ここはどこだ、という問いはまさに象徴的だった。しかし目の前にいる人間は本当に医者なのか、という問いなんかは少し私も落ち込んだ。確かにヤブ医者で、なにも成果は得られぬがこれでも色々な方法を模索している。そんな疑念を持たれていたということは、もっと気持ちを引き締めていかなければならない。
三成はこの建物に疑念を抱いている。どちらの三成の問いなのかはわからぬ。殿の三成なのか、交代人格の三成なのか。殿の三成ならば合点がいく。ここは本当は研究施設でもなんでもないのだから。しかし交代人格の三成がそう思っているのならば、どういうことだ。ここが私の開放型病院だと知っているだろうに。
そこまで考えて、今回の診療は少しの成果があったかもしれぬ、と納得した。もしかしたら、殿と三成の統合の前兆なのかもしれぬ。
また次もこの催眠療法でさらに食い下がってみよう。くまはしばらく忙しくなるだろうな。
そして私は左近について考えることにした。
三成はどういうわけか左近を女性であり、こどもであり、獣の耳が生え、言葉を失い、心を閉ざし、透明人間になったというのだ。これは三成の新たな症状かもしれぬ。しかし左近も黙ってそれを甘受するなど。わからないことだらけだ。
幸村にもこのことは伝えておくべきだろうと思い、幸村に口頭で簡単に伝え、詳しいことを書いた手紙を渡しておいた。もっと衝撃を受けると思っていたが、案外幸村は「そうなんですか」と一言呟いただけだった。言葉にもならないほど衝撃だったのだろうな。
ふと、カルテを書き込む手が止まってしまった。なぜ止まってしまったのかは、わからない。唐突に書き込む言葉を失ってしまった。
手が小刻みに震え、ペンを持つこともままならなかった。カラカラと音を立ててペンが転がる。その音すら耳障りに思った。
私は医者だ。なぜその私がカルテに書き込む言葉を唐突に失ったのだ。ループに回り続ける思考に嫌気がさした。
慶次と幸村、三成、左近の顔が浮かんでくる。
三成の新たな症状を、カルテに書かなくては。カルテを見る。真っ白だ。今までの三成の症例を書いてきたはずなのに。失くしてしまったのだろうか。医者失格だ、私は。いや、そもそも私は医者なのか?医者でなかったら、医者失格どころの話ではない。失格以前に医者ではないのだから。しかし私は今まで、たくさんの患者を診てきたはずだ。左近は幸村の担当だが、三成以外にも見てきたはずだ。
…誰だ。
誰を今までに診てきた。
三成以外、見ていないとでもいうのだろうか。
待て。私はしっかりと勉強を積み重ねてきたはずだ。三成が初めての患者なのだ。
ここは私の開放型病院で、幸村は研修医、ねね殿は看護士、慶次は居候。それで相違ないはずだ。
私の、開放型病院。
ここは、私の?
私はこの建物の間取りを全て言えるか?
ここは、どこだ。
私は一体、誰だ。
コンコン
「兼続ーっ、今日も来たぜー!」