やってきた三成をソファに座らせ、事の顛末を問いただそうとしたが、三成は重く口を閉ざしたままだった。
殿に聞いてもきっと何も得られないだろうと思い、三成に聞いたのだがやはり無意味だったようだ。しかし、いい加減左近を出してやってやらんと幸村も困るだろうし、なんとしても左近と三成を引き離したかった。これは幸村に対する義だ。
たまたま居合わせた慶次は、湯の入った急須をゆっくりと回し、湯飲みにとぽとぽと注いでいる。慶次の淹れた茶は美味い。
「三成、答えてほしい。どうして左近を部屋から出さない」
「…言えぬな。お前流に言えば、これは俺の不義だ」
「…」
不義と言われてしまっては私も為す術が無い。だか私には幸村という義がある。ここで食い下がるわけにはいかなかった。
「どういった不義なのだ。少しでも相談に乗るぞ、私は」
「しかし」
「私が、信用できないか」
「…」
俯き、口を閉ざしてしまった三成をなだめるように私は言葉を続ける。
私の知らぬところで、三成は随分と重い悩みを持ってしまったようだ。これは女性嫌悪の治療は後回しだな、と私はこっそり考えた。
「俺は、女が嫌いだ」
「ああ、知っている」
「しかし相反した感情も持っていた。女に多少の興味がある」
「男としては当然だろう」
ふむ、愛だ。
「だから、女ではなく、男に胸をくっつけてやろうと思った」
「ん…?うむ」
「そういう薬を作ったつもりだったのに、左近に服用させたら、左近が女になった」
「なんと!」
しかしそれはありえないことだ。私は三成の部屋の左近を見たがそんな様子はなかった。いつもどおり、たくましい肉体であった。とても女には見えなかった。第一、三成の部屋にあるものは着色料の入っている水だけだ。そんな奇天烈な薬、作れるはずがない。
そう思いながらも、三成に先を促した。
「それを治すために、さまざまな薬を与えるが、どんどんと悪化していく一方だった。そして左近は今」
「今?」
「女で、巨乳で、こどもで、獣の耳が生えて、喋れなくなり、心を閉ざし、透明人間になってしまった」
「…なんと」
だが、私には左近が見えた。つまり、本当は透明人間ではない。
それが真実だとしても、私には三成が嘘をついているようには見えない。三成は三成の真実を言っている。これが私の結論だ。カルテに書き込んでおこう。
「よく話してくれた。…私も左近を元通りにする手伝いをしよう。とりあえず、今日は人格の統合に専念しよう。それが終わったら、私も一緒に悩み、苦しみ、考えよう」
と、私は言い、あるくまのキャラクターのぬいぐるみを取り出した。りらっくまだ。なかなかイノセントな目をしていて、私はなかなか気に入っている。このくまを詳しく検証すると、中性面なのだ。キャラクターにありがちなのが、妙に表情がついているということだ。(それは大抵笑顔なのだが)しかしこのくまには表情が無い。もちろん、本などで見れば多少の変化はあるが、ほとんどのグッズにはこの中性面で描かれている。私はそれが意外と気に入った。
三成は不思議そうな目でくまを見る。初めて見るものだからだろう、いぶかしげに指先でつついたりなどしている。爆弾を仕掛けているわけでもないのに、ひどく慎重な様子に、思わず微笑ましい気持ちに浸った。
「これは、なんだ?」
「くまだ」
納得のいかない表情で、三成は私を見る。もちろん問われていることはそんなことではないことくらいわかっているのだが。
私は懐中時計を取り出した。チェーンの部分を指先でつまみ、三成の目の前で規則正しく左右に揺らす。三成は自然と揺れる懐中時計を目で追っていた。
「あなたはだんだんねむくなるー」
「……」
三成は目をとろん、とさせ本当に船を漕ぎはじめた。うむ。(解離性同一性障害の交代人格は催眠にかかりやすいらしい。どうやらこの場合もそうらしい)
「くまが喋ります」
「…くまが」
「くまはなんと言っている?」
三成は完全に催眠にかかったようだ。本当にくまがなにかを喋っているように見えるらしく、必死に耳を傾けている。
「それは虚偽ですよ。所詮、目に見えるものなど全ての一部でしかありませんって」
「…?くまはそう言っているのか?」
「あなたの目の前にいるのは、本当に医者なんですか?」
「三成?」
「ここはどこなんですか?」
それっきり、三成は眠ってしまった。