三成はどうやら、些細な音楽も気に入らない様子だ。まさかここまで悪化するとは。彼は本当に生きていけるのだろうか。
あまりに手の施しようの無い三成に私は頭を抱えた。まさかやることやることに癇癪を起こすなど予想もできなかった。少しやりすぎたのだろうか。しかしやってみなければわからないと言うし、これからも回復の兆しが表れるまでさまざまなことを試してガッツしていこう。
現在の三成の症状をカルテに書き込みながら、今回の療法を書き出していく。前回の音楽療法はなるほど理に適っていたのだがな。あれを超えるものを考えなければ。
と、同時にまた別の仕事もこなさなければならない。殿の三成に対する嘘の報告書だ。
殿の三成は、体質的に女性を受け付けないと思っている。確かにそれは間違いではないが、その内容が間違っている。β波だとかγ波など、所詮私の作り出した架空の周波だ。本当のところは、ただくしゃみが出たり、体が痙攣したり、すさまじい嫌悪感だったり。その程度のことだ。(とりあえず殿にはそれがβ波とγ波の干渉であると言ってある)
なぜそんな嘘をつく必要があったのか。それは三成の存在を隠し、殿に研究に没頭させるためだ。そもそも三成は私の不義によって生まれてしまった存在だ。その三成を殿の三成に知られたくはなかった。(医療ミスを医師が隠したがるのと同じ道理である)だから、自分の興味のあることをひたすらに研究させる。私はたまに題材をふっかける。よく考えれば滑稽だが、私なりに考えてのことだった。
その殿の三成にふっかける題材を、どうしようかと毎度毎度頭を悩ませる。その場限りの嘘ばかり連ねてきたからいい加減につじつまが合わなくなってきた。これも私の不義の代償だ。
今回のテーマを『γ波の周波数を最低ラインまで落とす薬剤について』ということにし、さまざまな仮定を書き出しておいた。これを殿の三成に渡せば、カンペキだ。仕事が早い私。
さっそくそれを持って、私は殿の病室へ向かった。途中、ねね殿にあったからなるべく夜間帯の見回りは避けてくれるように頼んでおいた。生死に問題が無いとはいえ、三成の女性嫌いはひどいものだ。ねね殿になんら被害が無いとも言い切れないからな。
コンコン
病室のドアをノックした。そこで、幸村が言っていたことを思い出し、なにか言っておこうと思った。(左近が三成の部屋に入り浸っている、という事実に関してだ)
しばらくして、無言でドアが開かれた。殿だ。(私は義らしい)
「なんだ…」
「どうした、疲れきっているな」
「ああ…、いろいろ、な」
なんだなんだ。部屋の片付けでもしていたのか、それとも左近と乳繰り合っていたのか。まあそれはいいのだがな。
と、ドアの向こうを覗いてみた。部屋の中は荒れに荒れきっている。ぼろぼろのソファの上でうずくまり、影をしょっている左近が見えた。一体なにがあったのだろうか。少し聞くのが怖くなった。
「これが新しい報告書だが」
「ああ、すまぬな…」
「そういえば、左近がここで研究をしていると聞いたが、そろそろ左近を自分の持ち場に帰してやったらどうだ?」
「そっ、それはならぬ!」
殿は随分と必死に首をふった。なにかそうでなくてはならない理由があるのだろうか。しかしおかしい。研究といっても所詮虚偽のものであるのだから、左近と一緒にいなくてはならない理由など、皆無だ。
「しかしなあ、左近も影をしょっているし」
「見えたのか?!」
「え、ああ、そこにいるではないか」
「…なんてことだ!」
バタン、と乱暴にドアが閉まった。一体なんだというのだ。わけもわからず私はその場を後にした。
どういうことなんだ。やっぱり思考はそこに留まる。
左近を見られて困ることでもあったというのか。別に、影をしょっているところ以外はいつも通りに見えたし、服も着ていた。それとも、他人の目にすら触れさせたくないとでもいう独占欲なのだろうか。わからない。
そういえば、以前、猫がどうこう言っていた。せっかくだから見せてもらえばよかった。イリオモテヤマネコよりすごい猫と言っていたし、それほど希少価値のある猫なのだろう。次に行ったときに見せてもらうとしよう。