「そういえば、最近左近の姿を見ていないな」
「あ、私も見ていません。なんでも、三成さんの部屋で寝ずの研究だとか」
「研究か…。いや幸村、お前、左近の担当だろ」
「でも、三成さんが部屋に入れてくれないんですよ」
私の部屋で困ったような顔でくつろぐのは幸村。
たいていは私の部屋に入り浸っているのだが、この間ふっと姿を消していた。それがどうにも気になって探し回ったのだが、ある日ひょっこり顔を出した。そういう、人騒がせな人間だ。とにかく癒し系だ。以前、アニマルセラピーで三成をどうにかしてやろうと思ってアオダイショウの前に幸村を、と思ったのだがいなかったから諦めた。(幸村の癒し具合といったらもう、こいつはマイナスイオンが出ていると思う)
「今日は慶次殿はいらっしゃらないんですか?」
「ああ、なんでも今日は用事があるとか」
「そうなんですか」
そんな他愛の無い会話も、幸村とするのと慶次とするのとでは大違いだ。慶次は慶次で癒し系なのだがな。
幸村の淹れたコーヒーを一口のみ、時計を見る。もう夜中だ。そろそろ三成が来る頃だろうか。
「そういえば兼続殿、最近なにかお変わりはないですか?」
「? なにがだ?」
「たとえば、三成殿の様子とか」
「ああ」
幸村ももちろん、グルである。いや、左近以外の人間はみんなグルだ。みんな、この私の開放型病院(自宅を病院として開放している)の勤務医だったり、居候だったりだ。三成がここを研究所と勘違いしているのは、私の私室の薬品のせいだろう。(三成の部屋に与えた薬品類はただの無害の水だ。着色料をいれたものもあるが)おもしろいから本格的にそういう状況を作り上げているし、三成も信じて疑わない。
やはり幸村も三成の様子が気になるのだろう。真剣な目で私を見てくる。
「まったく進歩なし、むしろ悪化した」
「悪化、ですか?」
「イチゴ嫌いにミカン嫌いに、アオダイショウ嫌いが上乗せされた」
「そうなんですか…」
幸村はどこかしょんぼりと肩を落とし、胸ポケットに入れていたメモに何かを書き込んでいる。幸村もたまに私に三成に具合を聞いてきては、それをメモしているようだ。やはり、医師として気になるところなのだろう。
研究熱心な後輩に満足しながら、ふらふらと私の家に居候する慶次と比べため息をついた。
「そういえばこの間、三成さんの部屋にいったら奇妙な液体をふっかけられてしまいましたよ」
「奇妙な液体?…まあ、着色料の入った水を混ぜて沸騰した程度だから、問題は無いだろう」
「ですよね。でも、白衣が…」
「何色になったんだ」
「ピンクですよ」
「ははっ、傑作だ!」
大きなため息をつきながら、自分の白衣を見る幸村。よくよく見てみると、うっすらとピンク色だということにたった今気づいた。随分と丹念に洗ったのだろうな、と、少し幸村に同情した。
「そろそろ三成さんがいらっしゃるところですね」
「ああ、本日もがんばるぞ」
「今日はどういった予定で?」
「うむ。食事療法、アニマルセラピーが失敗したからな。今回は音楽療法をしてみようと思う」
幸村に語りかけながら、スリープモードにしておいたパソコンを起こし、ミュージックプレイヤーを起動させる。その中にはさまざまな音楽は入っている。インストゥルメンタル、ミニマム音楽、メジャーなポップス、ロック、クラシック、はたまたヘヴィメタルやハードコアまで。
すでに備え付けのスピーカーにつないであるから問題は無い。
「入るぞ」
ノックの音も無く、乱暴にドアが開いた。三成がやってきたのだ。
幸村は笑顔を浮かべ、三成を迎え入れた。幸村はどちらの三成にも好かれている。愛だ。(そうか!幸村は愛の化身だったのか!)
「よく来た三成」
「…なんだこれは」
「本日は音楽療法だ。さまざまな音楽に合わせ、意識を統一し、思うがままに体を動かすのだ」
「体を?」
「そうだ」
これはよく『表現』の練習に使われたりする方法だ。目をつむり、音楽に合わせ自分を表現するとか。しかし今回はそれが目的ではなく、音楽に合わせ三成と殿との意識の連動をはかり、統合する機会を虎視眈々と狙うのだ。我ながらすばらしい。
ちなみに、これは最初はとても小さい音、ミニマム音楽のように最小限の音しか使っていないものからどんどんと色んな楽器が混ざってきて、最終的には壮大な音楽になるようなものを使うと良い。
「いくぞ、三成。準備はいいか」
「ああ」
どうしたらいいのかわからない様子の三成は、その場に突っ立っている。幸村は壁際でカルテらしきものを手に、三成を見ている。ふむ。私もカルテを用意しなくてはな。
などと思いながら、スイッチを押した。
「ッ!!」
あ、間違えた。
流れたのはどこかの国のハードコア系バンドのヴォーカルの激烈なシャウトから始まる曲だった。大音量だ。
気を取り直して音楽を流してみたが目ぼしい結果は得られなかった。
むしろ、再度音楽を流そうとすると三成は鬼の形相でそれを止めるのだった。