例の掘っ建て小屋に帰り着いた二人は軽やかに履物を脱ぎ、居間へ向かった。兼続が机に手土産を置き、三成は穴が開かんばかりにそれを見つめた。
「意外と物欲が強いのだな」
あまりに中身を気にしている様子に、兼続が半ば呆れ気味の口調で言う。手はのろのろと土産物を包む布の結び目をほどいている。その緩慢な動作をじれったいと言わんばかりに見つめていたが、兼続の言葉にひっかかりを覚えたらしい。
「だから先にも言っただろう。俺はひとにものを賜らないのだ。おまえのように感謝されるような行いをしていれば別だが」
「なにも蒐集家としてだけでなくともよいではないか。たとえば、ささいな無償の奉仕でも」
「生憎と、俺はこうとしか生きてゆけぬ」
「ははっ、これはこれは、生きにくい男だ」
兼続は笑い声をあげ、ようやく結び目をほどいた。ていねいに中身を晒しだしてゆくしぐさに三成の期待は頂点に達した。
そこで現れたものを見て、ふたりは思わず言葉を失った。どちらも言葉を探しては、うまく形にならないというじれったい気持ちを弄んだ。
「これは」
「いや私も初めて見た。三成、二百年も生きているならば」
「いや知らぬ。このような赤い、ずん胴で不気味な人形は初めて見た」
手のひらほどの包みの中には、だえん形の真っ赤な人形が入っていた。顔と思われる部分は白く、への字のくちびる、りりしくつりあがった眉が描かれているのみで、不思議と目は描かれていなかった。それがいっそう不気味さを際立てており、ふたりは完全に首をかしげた。
これはだるまと呼ばれるもので仏教の一派より派生した置物である。願掛けなどをし、それが叶えば目を書き入れる習慣のある縁起物として知られる。
しかしふたりはこれを知らなかった。あまり物欲の無い兼続に、世間から浮き出た三成である。ありえないことではなかった。
「これは、なにに使うのだ」
「知らないな。名前すらわからない」
「枕にでもするのか、それとも肩たたきにでも使うのか」
「いや、枕にするには形が奇妙すぎる。ぐらぐらするではないか」
たった手のひらほどの大きさのだるまに、ふたりは困り果てた。
「とりあえず、明日町へ行ったら商人にでも聞いてみようか」
兼続の提案にうなずき、三成はまじまじとだるまを見つめ始める。用途がちっとも理解できずに、あれこれと頭の中で想像するがどれもしっくりこないようだ。単なる置物とは解釈しないあたり、妙な勘繰りをする性格がうかがえる。
やがて想像も尽きたのか、机にたたずむだるまを指先でつついたり、頭を撫でてみたりとし始める。
「それ、気に入ったのか?」
「ずっと見ていると妙に愛着が湧いてきた。名前をつけようと思うが、なにかいい名前はあるか?」
「義」
即答する兼続に三成は閉口した。同時に、この男はそれしかないのか、という思いも湧いてでた。
「義って、お前な」
「なんだ、いいではないか。三成が自分の義をみつけたら、そうだな。この義に目を書こうか。真っ白では少し薄気味悪い」
兼続はほんの少しも疑問を抱いていないように、真顔でだるまを手に取り顔を覗き込む。兼続の言うことには、計らずともだるま本来の用途に近いものがあった。
納得できない様子の三成は、眉間にしわを寄せながらだるまと兼続を見比べる。義という名前はどうなのか、という妙な反感があったが他に良い名前も見つからず押し黙った。
「ははっ、そんな顔をするな。こいつの本当の名がわかるまでの仮の名前だ」
「本当の?」
「これは売り物なのだろう。ならば、ちゃんとした名称があるはずだ。それも明日聞こう」
こん、という小気味良い音を立て、兼続は三成の脳天にだるまを置いた。ぐらぐらと釣り合いの取れぬ様子だったが、やがて落ち着き、ちょんと三成の頭に鎮座した。
「おい」
「明日はこのまま、どこまで義を落とさぬか測ってみようか」
兼続は笑い、三成は唇をとがらせた。
06/24