「俺がひとを喰むのは、ただ単に、死にたいだけなのだ」

 三成はようやく重たい口を開き、兼続を黙らせた。三成の言葉に兼続は驚いたように閉口してしまった。それほどに、兼続にとっては衝撃的だったのだろう。
 兼続が用意した湯飲みからひっきりなしに湯気が立ち上っている。

「なぜ、不死である蒐集家のお前が、死を願う。なぜ死を願うからと、ひとを蒐集するのだ」
「不死であるからこそ、死を願うものだよ。お前はまだ三十年しか生きていない。俺のように二百年も生きてみろ。今すぐにでも死んでしまいたいと思うだろう」そこでひとつ呼吸を置き、三成は続ける。「日記蒐集家とは聞くかぎりだと、ひとり作ればひとり死ぬようなものらしい。されば、ひとりを作らなければ永遠と生きるだろう。しかし遊戯蒐集家は違う。遊戯蒐集家が死ぬためには、たくさんのひとを喰まなくてはならない。途方もないほどのひとをだ。俺は俺が死ぬために、ひとを喰む旅をしているのだ」

 そこまで喋り、三成は穏やかに息をついた。兼続は呼吸すら忘れたように三成の話を聞いていたようで、大きく息を吐き出した。

(こんなことを話したのは、初めてだったかな)

 三成は妙な親しみを兼続に感じていた。

 こんなに親身に自分の話を聞こうとする若い蒐集家に会ったこともなく、ましてや自分の話を披露した蒐集家もいなかった。そういう意味で、三成にとって兼続は今までにいない、友人のような存在にすらなりうるかもしれなかった。

「三成、自らの死のためにひとを蒐集することなど、不義の権化である」
「お前なら、そう言うのではないかと思ったよ」

 苦笑いを浮かべ、自分の想像が珍しく的を射たことに満足する。なかなかひとの心中を察せない三成には珍しいことだった。
 対して兼続は、三成の見せる笑みに驚いた。まるで固まっているように表情を崩さなかった三成の、苦笑ではあるが笑顔に思わず見惚れてしまった。しかしその笑顔もすぐになりを潜め、三成はまた無表情に戻った。

「しかし、俺はお前のように義に生きるとは決めていないのだ。俺はただ、死にたいだけだ」
「なぜ、死を?」
「無駄に生きることに疲れてしまった。今のひとは、性に食に貪欲で、汚らしい。老いぬ俺は友人もいない。蒐集家に会ったのも、かれこれ何十年ぶりだっただろうか」

 落ち着いた口調であったが、寂然となにかを背負っている姿はひどく小さいものだった。
 三成は静かに湯のみを手に取り、音を立てずにすすった。

「確かに私は三十年しか生きていない。しかし私も蒐集家だ。これからも生き続ければそのように思うかもしれんが、まだ私にはわからぬ」

 湯のみの中で揺れるお茶に視線を落とし、三成はじっと聞いた。

「不老の蒐集家に人間の友人はできないのは、そうだろう。ひととは異を弾き出す生き物だ。ならば、蒐集家の私と、友とならぬか」
「友、だと?」

 三成は戸惑い、揺れる声で問い返した。先ほどの言葉は別に、友が欲しいという意味などこめてはおらず、ただ生きることに疲れたという比喩にすぎなかったのだ。兼続の提案に三成は思わず目を丸くするばかりであった。

「俺は別に、そんな」
「ふむ。友となろう、と言って友になるのもおかしいな。私と三成は既に友だ」

 三成は当惑していた。面と向かって友となろうなど言われることなど予想にもしておらず、どう返事をしたものかと考えあぐねる。

(友、だと。いったいこいつは俺になんの利益を見ているのだ。いや、利益云々の問題ではなかろうか。ならば、なぜ俺に友などと言うのだ)

 兼続は真剣なまなざしで三成を諭そうとしている。それは三成にとって、ますます混乱を誘う要因でしかなかった。

「だから、三成。友として言う。 死のうなどと、考えぬことだ」
「お前は、会ったばかりの俺になぜそんなことを言う」
「私にもわからぬ。感情とはいつも、そういうものだ。私はお前となら気が合いそうだと思っている」

 最後に人好きのする笑顔を浮かべながら三成の両肩を掴む兼続の手は、やはり暖かく三成は思わず顔を逸らしてしまった。それでも兼続は落胆の色を見せず、真剣味の増した眼光で三成を射抜く。

(わからぬ。義もいまいちわからないが、この男のこと、よりわからぬ)

 三成は確かにわからなかったが、ほんの少し期待と高揚する感情を自分の中に見つけた。兼続の言う義や友という響きは、孤独に生きた三成にとってひどく甘美であいまいな響きだったのである。もはや三成にとって断る理由は無い。兼続の真剣な目に、手のぬくもりに、心を掠われたのだ。
 兼続の顔を正視し、三成ははっきりと微笑み、

「友、か。いや、わからぬ。しかし、知遇を得たとでもいうかのか。ともかく、嬉しく思う」

 ためらいを含みながらもそう言った。角の取れた穏やかな口調である。兼続は三成の微笑みに驚いたようだったが、同じように微笑み返した。
 そこは不思議な空間であった。高く昇った日が縁側から差し込み、色褪せた畳を照らしている。縁側のむこうではたはたと風に揺られる服。既に正午近いのに寝間着姿のままの男ふたりが、蝉の猛々しい鳴き声のなか、はっきりと友の誓いを交わしたのだ。

「よし、俺はもうしばらく生きようか。兼続、お前の義とやら、俺に見せてみよ。俺は俺の義の在り方、見つけてみるのも悪くない」
「ああ。三成、お前は死を前提として生きるよりも、そのほうがいい。人間的な、魅力に溢れている」
「口説く気か?」

 三成は声をたてて笑った。兼続は慌てて「邪な意味ではないぞ!」と取り繕うが、先ほどまでとは別人のようにひとが変わった三成は笑って兼続をからかうだけだった。

(こうして笑うなど久しぶりだ。俺は死にたかったのではない。ひとと、共に生きたかったのだ。)

 そう、三成は思った。
 三成はこうでないかと考えた。これが、自分が本当に在りたかった姿なのではないか、と。友を得て、共に生きることを三成は心の奥底で望んでいた。長らくひとりで生きた三成は次第にその心が壊死しはじめ、忘れさられていた。そう考え、とてもしっくりすることに三成は満足した。
 気付いてしまえば気楽なもので、こどもらしい所作すら悲壮感を漂わせていた三成は、まるで本当のこどものように兼続をからかい、笑った。この変化に最初は戸惑いの様子だった兼続だが、すぐに順応し、こどもじみたしかえしに転じた。

 ふたりはすっかり言葉遊びに興じた。

「ああ、しまった!」
「どうした」
「これから日記蒐集家としての義を果たさなければ」

 三成はすぐには理解できなかったが、やがてそれが兼続の仕事のことだとわかった。妙な言い回しをするものだ、と三成は既に『義』を兼続の個性と見て、兼続の動向を探る。
 ゆっくりと立ち上がり、どうどうと寝間着を脱ぎ始めた兼続に三成は度肝を抜かれた。

「おい、いきなり脱ぐな。俺がいる」
「男同士でなにを言っているんだ。おかしいやつだな」

 動揺を覚られぬよう、必死に平静を保った三成だったが無駄だった。兼続は笑いながら受け流し、壁にかけてあった藍色の着物に腕を通す。
 三成は押し黙る。そして、これが兼続の地なのかもしれない、と思い直した。雨のなか帰ってきたときは、気をつかって居間へ引っ込んだが、兼続にはひとに着替えを見せることはたいしたことではないのだ。三成はそう思い、兼続から視線を外した。

(そういえば、俺が着替えようとしたときもそのまま立っていたな)

 三成に着替えを渡したとき、当然のようになかなかその場から動かなかった兼続を思い出し、三成はどこかおかしく感じてしかたがなかった。
 兼続が着替えているのを見た三成は、自分もいい加減着替えようと縁側に立ち、太陽を仰いだ。いつのまにか太陽は真上にやってきて、今が真昼だと気付く。はだしのまま縁側から飛び降り、土の少ない箇所を選び、飛びながら物干し竿に近づいた。物干し竿は兼続の身長に合わせてあるのか、少し高い位置にあり、三成は背伸びをしてやっと届くという様であった。

「三成、つっかけがあるだろう」

 すっかり着替えを終えた兼続は縁側でしゃがみ、簡単な履物を手に取った。しかし三成は、物干し竿に必死に手を伸ばしており兼続の話などまるで聞いていなかった。
兼続は苦笑いを浮かべながら、履物を手に、はだしで縁側を降りた。

「ほら、つっかけ」
「いらぬ。お前が履け」

 兼続が足元に履物を置くが、三成はそ知らぬ顔で物干し竿に手を伸ばしている。今にもつりそうな腕と足に、三成は心底うんざりした。

「届かぬのか。ほれ」
「……むだに高いのだ、この物干し竿は」

 手渡された着物を手に、三成はふくれっつらで物干し竿を指差した。









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