「さっきの話ですけど、小兄さんの初恋って本当に兄さんだったのですか?」
「……もうその話はよしてくれ」
どうしても気になったので勉強の合間に聞いてみたのですが、小兄さんは顔を真っ青にして、低い声で呻きました。どうやら私はしつこすぎたみたいです。小兄さんにしてみたら忘れたい黒歴史なのかもしれません。
私も小兄さんも黙ってしまったことに気を遣ったのか、兄さんは横からフォローを出してくれました(兄さんはなにか本を読んでいます)。
「まあ三成、幸村も年頃だ。あまり怒るな」
「元はと言えばお前が余計なことを言ったからだろう。まったく、初恋が自分の双子の兄で、それも男だなんて……」
「今とあまり変わらないではないか」
「こらっ」
「変わらない?」
「あ、いや……、こちらの話だ」
兄さんと小兄さんはよく二人で秘密の話をしています。やはり年が離れている私にはわからないことばかりですし、なにも力にはなれないのでしかたないのかもしれません。ですがたまに、寂しく思います。私には隠し事なんてほとんどないのに、兄さんと小兄さんは二人にしかわからない話をたくさん持っています。すべてを教えてほしいと思うのはムリなわがままだとわかっているつもりですが、やはり、仲間はずれのような気持ちを覚えます。
そんな思いが顔に出てしまっていたのか、小兄さんと兄さんは私の頭を同時にグリグリとなで回しました。
「俺のほうが先だった!」
「いいや、私のほうが先だ」
さすが双子。タイミングはバッチリです。そして主張もしっかり被っています。
「幸村……、初恋はもう?」
「初恋ですか?……わかりません」
「わからない?」
「んー……、それって、どういう気持ちになることなのか、全然わからないです」
「なら、恐らくまだだな」
初めて知りました。恋というものは恋をしたら自然とその感情がわかるようです。まだわからない私は初恋もまだ先の話でしょう。兄さんはさすが、『愛の伝道師』です。
ついこの間まで小学生だったのです。無理もありません。友達と言えばゲームをしたり、あまりおもしろくないことでおもしろがったり、女の子をからかったり、いじめたり。女の子をいじめるのは男のすることではないと兄さんに聞いたので、私は女の子たちの味方に回ったりもしていました。そのせいか女の子たちとはいいお友達です。
「そんなもの個人差だ、気にするな。ふ……、それなら兄さんに初恋しちゃってもいいんだぞ」
「兼続に初恋などしたら黒歴史間違いなしだ。どうせ身内にするなら俺にしておけ」
「でも、初恋する、って意気込んでするものでもないんですよね?」
「それもそうだな。まあ、今すぐにとは言わんが恋はするもんだぞ。恋をしている人間はとてもかわいらしい」
「……兼続。それは暗に、自分はかわいくないと自覚していることをほのめかしているのか?」
「なにっ! 私は充分かわいいぞ」
「兄さん、恋をしているのですか!」
「ああ、生まれたときから十九年間、ずっと恋をしている!」
「……何に?」
「地球のすべてさ! あ、三成と幸村と父さんは別格だから安心しろ」
小兄さんはやっぱり、と言うようにため息をつきます。政宗さんが呆れてつくため息と似ています。しかしこんなことを言ったら怒られてしまうのは火を見るよりも明らかですので、心の中にそっとしまっておきます。
「兼続は……もういい」
「いやしかしな、私の初恋も三成だったよ」
「そうなんですか!」
それは、両思いだったってことじゃないですか! すごいです!
「まあ私の淡い初恋など、心に秘めていつのまにか蒸発していたのだがね……。やはりこれほど近しい存在だと自然と意識してしまうね」
「小学生のころは、『お互いが生涯の伴侶だ』なんて言い合っていたな。それが俺にもお前にも初恋だった、と」
あれ? 中学生の頃にと言っていたと思ったのですが……。小学生のころからそう思っていて、中学生のころに本当に恋だと自覚した、ということなのでしょうか。もしかしたら私が気付いていないだけで、もう初恋は始まっていることもありうるということでしょうか。
なんだか難しい話です。学校の勉強のほうが、答えを教えてもらえるぶん簡単のような気がしてきました。
「私たちは結婚などしなくとも、一生切れない縁があるからな。そこは安心してくれ」
「なにをどう安心しろというのだ……。なんなら絶縁してやろうか?」
「そっ……それは不義!」
「私も、兄さんたちが仲悪くなるのは嫌です」
「ふ……、冗談だ」
滅多に笑顔を見せない小兄さんは、その珍しい笑顔を浮かべ、私の布団に寝転がってしまいました。外ではいつも仏頂面をしているのですが、家の中では、たまにですがやわらかい笑みを見せてくれます。兄さんはいつでもどこでも笑顔を振りまいています。
ごろごろしている小兄さんを見てイタズラを思いついたのか、兄さんは掛け布団をかかえ、それをバッと開き小兄さんに被せてしまいました。それからはいつものように大きな声でケンカを始めます。ケンカするほど仲がいいといいますので、兄さんと小兄さんはこの世で最も仲良しです。
「何をするッ、放せ!」
「ははっ、袋のネズミだぞー」
「そんな一発芸はいらぬ!」
ベッドの上でバタバタとじゃれあう兄さんたちは、本当に楽しそうです。私も仲間に入りたいのですが、勉強をしなくてはなりません。初恋なんてものを考えるのはまた今度にして、今はテストをどう乗り越えるかです。
文系は得意のはずなのですが、英語は苦手です。必要なひとは学べばいいと思うのですが、日本にやってくる外国の方もいらっしゃいます。突然話しかけられてテンパってしまわないように、しっかり学ばなくてはなりません。……もう面倒ですから英語を公用語にすればいいのにと思いますが、日本語のほうが好きです。
なにから勉強したらよいものか、教科書を眺めながら考えます。数学は政宗さんが教えてくれたから大丈夫。国語は勉強しなくてもできるから大丈夫。理科は二分野ですし大丈夫。英語は、be動詞は簡単ですし、疑問文はbe動詞を前にもってくれば大丈夫。残るは社会です。しかし、氷河期や縄文時代のことなので問題ありません。貝塚の名前を聞かれたりはしないようですから大丈夫でしょう(貝塚とはなにか、と聞かれるようです)。こうやって見てみると、どの教科も大丈夫そうな気がしてきました。これは慢心というものなのでしょうか。
ベッドのほうが静かになっているので不思議に思い見てみると、二人して掛け布団の中で丸まっているらしく、こんもりとしています。すぐには寝ないでしょうから、きっと起きていると思います。
今から兄さんが言っていたキョーアイについて調べてみようと思います。そういえば、『モエ』という言葉も載っているでしょうか? 調べてみます。
09/07