「しかたない。罰ゲームは片倉先生に恋人がいるかどうか聞くっちゅうことにしてやる。ほれ、さっさと行け。先生が行ってしまう」
もはや私の答えも聞かず、強引に私の背を押すその手。無情にもその手が私を前へと向かわせようとする。
約束だから、果たさなくてはなりません。罰ゲームです。政宗さんも、あまり顔には出しませんが新しい先生に興味を持っているのだと思います。けれど、恋人がいるかどうかなんて……(別にどうでもいいじゃないですか)。
「先生」
「あ?……ああ、お前か。なんだ。授業聞いていなかったから教えてくれは認めないぞ」
「いえそれは……。あの、先生ってお付き合いしている方っていらっしゃるのですか?」
「はあ?」
とても変な顔をされてしまいました。当然かもしれません。授業もろくに受けていなかった生徒がいきなり「恋人いますか」だなんて。私だっておかしいな、とは思っています。けれどこれは約束なのでしかたありません。
先生は眉間を揉み解し、腰に手をあてながらうつむき加減になります。悩んでいるのか呆れているのか、どちらにもとれるポーズです。……やはりこんな罰ゲーム、断固拒否すればよかったです。けれど、なにかをしていなければまたひたすらに同じことを考えてしまいます(たとえ目先のものに囚われているだけだとしても)。
「そんなことは子供が気にすることじゃない」
「でも……」
「さあ行った行った。さっき俺が教えたこと、テストに出っからな」
私は子供。そう、先生から見れば子供です。ですが、体は大人へなろうとしている。一体、どこが基準だというのですか(『もう中学生なんだから』と『まだ子供』! どちらが正しい?)。
それ以上食い下がっても先生はまったく取り合ってくれなかったので、私はしぶしぶ政宗さんのところへ報告へ行きました。わくわくと私の結果を聞いていた政宗さんは、すぐに肩を落として机に突っ伏してしまいます。それからひっきりなしにため息をついて、唇を尖らせてなにかを呟いています。一応、罰ゲームは果たしたわけですから文句も言ってきません。
「ばーかばーかばーかばかめ」
これは多分、私に言っているわけではないと思います。そうだと思いたいです。私が子供だということが悪いのでしたら、同じように政宗さんも子供なので悪いです(子供であることが、悪い?)。
シャーペンで机にまっくろくろすけをひたすらに描きながら、政宗さんはため息をついています。そんなに片倉先生に恋人がいるかどうか知りたかったのでしょうか。
「どうしてそんなに知りたいのですか」
「お前には関係ない」
「でも実際に先生に聞いたのは私です。そんなに知りたいのなら自分で聞いてきたらどうですか?」
「……お前は、なにをそんなにカリカリしておる」
カリカリ? 私が?
……自分では気付かないところでイライラしていたようです。終わりの見えない螺旋階段のような悩みを自分では消化できない。消化不良を起こしているかのようです。その理由はもう考えるまでもない。
「へーんな幸村だ」
「政宗さんだって……変ですよ。なんでそんなことを気にするのですか? 私がイライラしているのは本当かもしれません。けれど、先生に恋人がいるかどうかを気にするなんて、変です」
「そうか? 当然気になるもんだ」
「私は気になりません」
「それはお前がコドモだからじゃ」
どういうことなのか、わかりません。
私も政宗さんも同じ年齢で、同じ学校、同じクラス、同じ性別。育った環境は違えど、子供であることは同じのはずです。部活の違いだとでもいうのでしょうか?……水泳部と落研? これのどこに違いがある?
なぜ皆私を子供だと言う?(けれど私は知ってしまった。子供扱いをされるのも、大人扱いされるのもいやだ。他の人にわかったことを言われるのがいやだ。なにも任せてもらえないのも癪で、多くの責任を背負うのも怖い。自分勝手だ!)
「私が、こども?」
「そーじゃ。お前はこの年になってもずうっと子供のままじゃ。なんも変わらん」
「……政宗さんだって、子供じゃないですか。私と同じ年で……、声変わりもまだ中途で、なにも変わっていない。……いや、私は変わった」
「わしも変わった」
「どうして私を子供だと言うのですか」
「そうやって噛み付いてくるところがコドモだっつに」
ああ、意味がわからない。
子供も大人も意味がわからない。子供というのはどういう定義で、大人というものの理由はなに?
どうして私が子供だと断言されるのですか? 政宗さんは大人だっていうのですか?
「そんな、コドモだオトナだ騒いどるうちはどうしたってコドモだ」
こども、おとな、こども、おとな……。
…………。
「私には、わかりません」
「まっ、なにを悩んでるか知らんが、知恵熱が出たってしらんからな。まあ、お前んとこの兄さんたちが甲斐甲斐しく面倒みてくれるんだろうがな」
兄さん、小兄さん、島さん。……父さん。
私の醜さ、汚らわしさを知ったら兄さんも小兄さんも、父さんも私のことを冷たい目で見るのでしょうか。……ああ、何度気にしても、気にしても、気にしても、私からは答えなんて出ないのに。
「おこちゃま」
……きっとその通りなのでしょう。ですが、どうしてかそれを認めたくない自分がいる。
09/07