オッカムの剃刀





「バカナリ! だからさっさと捨てろと言ったではないか! ああもうバカナリ! 平和ボケしたのか!」
「うるさい略すな!」

平和ボケもなにも、一応は平和な時代に生まれ育ったというにっ! 平成っ子だぞ、平成っ子!
だってまさか、チワワがあんなに大きい刃に変形するなど、誰が考え付こうか! ボウフラが蚊になっても、チワワが刃になることなど許せるはずがない!

「あれはいったいなんなんだ」
「不義だと言っておろうにボケが!」
「お前そんな暴言を吐くやつだったのか!」

絶交だ、なんて言っている暇はない。兼続という男は自分の思い通りにいかないと取り乱す傾向がある、なんて知ったところでオッカムをどうにかすることはできぬ。
しかし、俺にあの元チワワを討つことができるであろうか。
オッカム、ああ、かわいそうなオッカム!

「哀愁に浸っている場合かっ」
「あだっ」

後頭部を殴られた。俺の細胞は今、類を見ない激しさで死滅したであろう。俺がばかになったらこいつのせいだ。
しかし、俺ひとりがばかになろうが死んでしまおうが、結局ほとんどのことは変わらない、俺の周辺に数年の影響があるだけだ。まあそれはいい。

「はやくチャージ1を!」
「できぬっ、俺にオッカムを殺すなど!」
「あれはもはやオッカムではない」
「いや、オッカムだ。俺にはわかる」

オッカムはきらりと刃を光らせ、高速で俺を目がけて飛んできた。間一髪、俺は砂浜に飛び込むようにして事なきをえた(反復横飛びの賜物である)。
オッカムは俺の胸に飛び込んできたいのだ。だが、あれを直撃しては俺は即死は免れない。免罪符というか、オッカムのために免死符が欲しい(兼続が「なにもわかっていない!」と叫んでいる)。

「オッカムは、不滅」
「意味がわからん! あれは不義であるぞ!」
「不義のためにオッカムを殺すことが義なのか? あれはオッカムであり不義ではない。あれをオッカムと証明するのに不義であることを証明する必要はないのだ」
「逆だ。あれが不義であることを証明することに、オッカムであるという証明は必要ない」
「俺とお前は、一生気が合いそうにないな」
「悲しいことを言うな、三成」

俺はミツナリではないから、なにを言おうが悲しむ必要はない。
しかし、オッカムはオッカムでも、あれは剃刀のようなものだ。あのかわいいオッカムをどこへやったというのだ、あいつは。
いくら非現実を突きつけられ続けてきたとはいえ、そのとばっちりをオッカムを受ける必要がどこにあるのだろうか。誰が悪いわけでも……、いや、不義が悪い。不義がすべて悪い。

「あれは元々チワワではないのだ。お前の性格を読んで、チワワの姿で現れた……。敵もなかなか頭脳派だな」
「そういうものか」
「ここで死ぬ気か?」
「誰が死んでやるものか」
「ならば、オッカムを討て。あのまま放っておいたら次々と不義の被害者が現れる」
「多くの犠牲よりもひとつの犠牲か? 立派なことだ」
「三成」

どうにもこの格好では、それらしいことを言っても格好がつかないが、これはよく聞く話だ。明確な甲乙もつけられない話である。
たとえば、オッカムの立場になろう。オッカムが不義だと仮定して、オッカムを生み出した人間たちのために死ねと言われて納得ができるものか。紛れもない人間の不義、自分勝手な欲のために生まれたのだぞ。これほどまでに理不尽なこと、許せるものか。

「だが……、よかろう。オッカムを討つ」
「三成!」
「これは他人のためではなく、オッカムのためでもない。俺のためだ」

責任を他人になすりつけるなど、極悪非道。オッカムを討つのは、かわいそうなオッカムのためではない。オッカムを哀れに思う俺のために討つのだ。この世に産まれてしまったオッカムを楽にしてやりたいと思う、俺のために討つのだ!

「いいか。不義は等速直線運動を続けている。戻ってきたときが好機だ」
「ああ」
「お前が悲しむことはない。あれはひとのどうしようもない、罪の化身なのだ」
「俺を含めた、な」

他人の不義ばかり棚にあげて、自分はぬくぬくと笑っていることを許せる自分でもない。

「来るぞ!」

しかし、チャージ1というネーミングセンスはいかなるものだろうか。そう思いながら、速度を増して戻ってきたオッカムを迎え撃とうと、扇をかまえる(頭が悪い攻撃だ)。

「それっ、チャージ1だぞ!」
「ふん」

さらばだ、ひとの業よ!







「よくやったぞ、三成」
「ふん」

行きと同じように、兼続に抱えられ俺は空を飛んでいる。日はとっぷりと暮れ、カラスの姿もない。奇妙な自責の念が頭角を現したが、蹴り飛ばしてやった。
オッカムは跡形もなく消滅した。しかし、これでひとの不義がなくなったのかと思うと、筆舌には尽くしがたいなにかがある。
バトルモードはすでに解除してもいいというのに、俺はまだ奇妙な格好をしたままだ。

「この調子で、どんどん不義を討ってゆこうぞ」
「む、まて。不義とはひとつではないのか?」

そんなこと初耳だ。下手したら俺は、この兼続とかいう男と、とんでもない長い付き合いになるのではないだろうか、という不安に駆られた。

「無論だ。やつらは手を変え品を変え、私たちを阻むであろう」
「……」
「どうした三成?」
「バカモノ!」





07/20