肉体より口が自慢なのです





兼続の言うミツナリという人間は、いったいどういうやつなのだろう。退屈になった俺はそんなことを思案しはじめた。

散々思い知ったが、兼続は俺をミツナリと信じて疑わないのだから、顔も声も(もしかしたら性格までも)そっくりなのだろう。世の中には自分に似た人間が三人いるというではないか。他にも、ドッペルゲンガーだとか、そういう話もある(しかし、もうひとりの俺――ミツナリがいるとして、残りのひとりに関係した変なやつがまたやってきたりなど、しないか)。
同時に、俺はもしや本当は『ミツナリ』という存在と『俺』という存在が同居しているような、珍妙な、いわゆる二重人格的なものなのではないか、ということも考えられる。
俺がいまさら真剣に考え始めたのはわけがある。
アニメなんかだと変身した場合、身体能力が格段にアップしているなんていう夢のご都合主義設定がよくあるのだが、俺はそんなことなかったぞ。
よく華奢な体つきだとかからかわれるが、男というものは女よりも肉が少ないものだから別におかしいことではない。そして俺はインドア派のインテリとも思われがちだが、実際はそんなこともない。俺は釣りと登山が好きだ。走ることは好きではないが、人並みには走る。棒高跳びなんかは見るのが好きだ。なんとかと煙は高いところが好き、とよくからかわれるが、俺はばかではない。
いつか棒高跳びをやりたいと思っているが、なかなか機会に恵まれない。ちなみに俺は、走り高跳びが意外と得意だ(陸上部からのスカウトがあまりに激しくて辟易した)。
ひとに「文句をつけるとしたら、その性格くらいだな」と言わせるほど、俺は意外となんでもできるのだ(しかしやはり、口で相手の尊厳をズタボロにしてやるほうが好きだ)。
だが、流石の俺もこんな奇天烈なガシャガシャする格好で屋根を走れと言われてもムリだ。あくまで、高校生の平均より(結構)上程度の体力だ。屋根から屋根に、飛べるか? ムリだ。やる前から諦めるなと兼続は熱烈に言ったが、やった後に後悔しても遅いのだよ。

そういうわけで、俺は空を飛んでいる。

いや、俺が飛んでいるのではなくて兼続がヒーローみたいに空を飛んで、俺はわきの下をしっかり抱えられ、足をプラプラさせながらこの非ィ科学的な、非ィ現実的な事実とミツナリに関して考えているのだ。
あえて兼続が空を飛べた理由については、考えないようにしたい。そしてこの頬を撫でる風のリアリティと、見下ろす都会の立体感についても、触れないでおこう。
俺がもしや、二重人格ではないか、という疑問についてだが、これは希薄なものだ。俺は自分の記憶力に相当の自信を持っている。確かに、ひとの記憶というものはあいまいで信用ならないかもしれないが、それでも自分にそういった具合があるかどうかくらいははっきり断言できる。
俺はぜったいに二重人格ではない。
記憶が不自然に途切れたこともないし、気付いたら見知らぬ場所にいたということもない。勝手に金がなくなっていることもなく、見知らぬものが増えていることもない。俺の周りの人間だって、俺の様子がおかしいなんて一言も言わぬ。
ぜったいなど存在しないと前も考えたが、俺は俺に関してのみ、『絶対』を使用できる。
だからこの説はボツだ。
これは純粋なる人違いと考えるのが、俺にとって一番心安らぐ結論だ。ここでもしも、前世だとかいう理解不能の境地に達しているものを引き合いに出されたら、俺は今から鳥になろう。
しかし兼続は最低でも九十年は生きている。おそらく、もっと長く生きていると見積もってもいいだろう。本当に前世現世来世という因果関係が存在して、輪廻転生だかそういうものがあるとしたら、前世から現世にやってくるまでに十分な時間があったとも考えられる。いや、俺はそういう前世の記憶がある、というエキセントリックなこともなく、実際に生まれ変わるのにどれくらい時間が必要ないから、あてずっぽうだ。

そこでようやく俺は気付くことができた。
こんなこと、ひとりで考えるよりも兼続に聞けば早いではないか。


「兼続」
「なんだ三成」

だからおれはミツナリではないのだが。

「俺が『ミツナリ』ではない、と言ったことを覚えているか?」
「お前は紛れもなく三成だ」
「だからミツナリでは」
「名前など商標のようなものだ。それほどこだわるものか? お前は確かに三成ではないか。神の私が言うのだ、間違いない」
「むう……。兼続、ひとつ聞こう。そのミツナリという名は、いつのものだ?」

本当に前世だったら痛いな、などと思いながらもけしかけてみる。
もはやこれを夢だとは思うまい。これは非常によくできた、現実の中の非現実だ。神に不法侵入もあったものではないな。
しかし一度受け入れてしまえばこれほど楽なこともない。なにしろなにも否定する必要がないのだから! こいつは神だから空を飛ぶし、俺を変身させる。たぎるような橙色の太陽を尻目に、カラスと一緒になって空を飛ぶことだってこいつが神であるかぎり、なにもおかしいことはないのだよ!
しかし、考えることとはそもそも、否定からはじまると思うのだが、これは毛色が違う話だ。

「もうじき思い出す」
「もうじき? 今すぐではないのか」

思い出す? ミツナリを?
意外と俺は、とんでもない厄介ごとに巻き込まれる才能があるようだ。
兼続と予想外に長い付き合いになったらイヤだな、と、ため息をつく。こんな変人、できれば関わりたくない(神が友達なんておもしろいといえばおもしろいが、気狂いに見られるだろうな)。

「そうだ、もうじきだ。それよりも不義を討つことが大事だぞ」
「不義を討つといってもだな、具体的にどういうことなのだ。言っておくが、俺は殴りあいのケンカなどまったくしたこともないし、するつもりもない。それに不義って一体なんなのだ。人間か? 裏金工作でもしている幹部を討つのか?」

そうだ。この神は抽象的なことしか提示しない。
討つとは文字通り、殺すことか? いくら不義であろうと、しがない高校生の俺にいきなりひとを殺せというのか? それは神としてありか? 普通になしだ。
神というものは大抵、殺人を禁忌としているように思う。同性愛が禁忌であったり、豚肉を食べることが禁忌であったりもする。神という存在は、なにかを禁忌とすることで神として成立するのではないのか?

「いいや、ひとではない。安心しろ。魔法のアイテムは私が用意してある。『不義』いうものは、つまり、ひとの欲や悪意の具現化した生き物と考えればいい。それをひたすらに殺すのだ。封印など生温いことはせぬ。消滅、破滅させるのだ。不義は断たなくてはならない」
「ふん、そんなこと、俺でなくお前がやればいいことではないか」

そうだ。
どうしてここで、あえて俺(正確にはミツナリ)を起用した? こんなこと、人間にやらせなくとも神である兼続がやれば、ずっと早いではないか。

「それをやってしまったら、なにも楽しくないだろう。それに、神はひとの世にあまり介入できないからな。事実、私の姿は私に関わりのある人間にしか見えないのだ。声も、触れることも然り」
「お前に関わりのある?」

つまり、今、俺の姿を兼続に関わりのない人間からの視点でとらえよう。
俺は変な格好をし、変なポーズで、独り言を言いながら飛んでいる。そういうことになる。父さんや母さんが兼続の声に気付かなかったことも頷ける。

「さア、三成! この魔法のアイテム、大一大万大吉であの不義を討つのだ!」





07/20