「グランド・フィナーレ!」
「……というのが事のあらましだ」
「ほほう、直江殿の潔癖もとうとうここまで、というところですかな」
「家康殿はどう見る?」
「そうですな。いささか、疑問が残りまするな」
家康は居住まいを正し、あごをひと撫でする。
「まず、最初から途中までの『佐吉』に関する描写が、まるで三成殿自身が体験したように細かいこと」
「それは俺があいつの体に入ったときに得た情報だ」
「なるほど。では、三成殿がこちらに帰ってきたあとのことはどう説明される? 私と碁を打っていたではありませんか」
「そのことだがな、俺も不思議でならないところだ。まるで、テレビとかいうもののように頭に映像が入ってきたものだからな」
「ふむ……。これは同じ体に入っていたことが原因と考えていいでしょうな」
見たことはないが、関ヶ原の決戦以前に戦略を立てているとき、家康はこうしてあごを撫で、頷きながら考えていたのではないだろうかと思えるほど、眼差しは真剣だ。
「佐吉の体に入ったとき、三成殿は『なにも知らないそぶり』であったようだが」
「それは兼続のしわざだ。俺は『神としての兼続がなんの変わりもなく上に存在している』記憶を隠されていた」
「まあ、そんなところでしょうな。次に、その物語の不要な点がいくつか見受けられること」
「不要な点?」
「細かい点をあげるならば、『佐吉』のアフォリズムじみた言葉の数々だが……、これは三成殿の潜在意識を強く受け継いでいると考えればよい。しかし、明らかに不要なもの。それは直江殿――不義の直江殿が用意した『レベルアップシステム』」
「……たしかに、途中からまったくと言っていいほどレベルアップしたという描写はないな。俺も全てを見知ったわけではないが、少なくとも俺が読み取ったうちにはない」
「実はレベルアップしていた可能性もある、と」
「棄てきれないな」
「そもそも、不義の直江殿の目的が、やはりはっきりしておらぬ。マッドサイエンティストとは言うが、その実験をするためになぜ、『佐吉』を『レベルアップ』させる必要がある? 肝心なところは『ノーコメント』。あやつの真の目的とはなんであったか」
「……俺が予想するに、あいつは死んでしまいたかったのではないだろうか?」
「死を?」
「そうだ。不義の心は誰からも顧みられず、疎まれ、そしてそれを討つための舞台を用意され、正義のヒーローを送り込まれた。あいつは絶望していたのではないか?」
「レベルアップシステムについては」
「あいつは最初から全てを知っていた。だからこそ、全てを隠すように攪乱させるような矛盾を吐き出し続けた。その矛盾には本当に『意味がない』。ただ『自分が舞台を作っている』という精一杯の虚勢だった。――しかしあいつには現実を見ないことはできなかった。着実に迫る焦燥が正常な判断力を奪う。そこであいつはひとつ思いついたのだ。『三成の記憶・意識を挿入する』ということしか念頭になかったが、やつはそれに加算して『不義の行いをする私を三成は討つはずだ』という仮定を自分の計画にいれた。そのためには『肉体をレベルアップする必要がある』と考えたのだろう」
「なるほど。治部殿はいつのまにか、ひとの心の動きに敏感になられておる」
「……ふん。気の置けない友人のことしか想像できん。お前の腹のなかなど、今でもわからんわ」
「つまり、幸村は自分を『殺す』存在だと知っていながらも受け入れたのはその理由であるか」
「そうだな」
「次に、それとは少し離れるが『不義』の正体だ。あれは結局、不義の直江殿が生み出した架空の存在、とすることが妥当だろうが。どうやら、あの『不義』を倒すと佐吉の記憶がなくなるように設定されていた事実もあるようだし、『実験』も『計画』も同時に進む、一石二鳥であったのかな」
「ああ。だが、あいつは答えを残さなかった」
「先ほどの三成殿の仮定も、実際に真実かどうか問われれば、推測の域を出ないという答えになる」
「そうだ。あいつは墓場まで真実を持っていった」
「しかし、不義の心は『死』んだ場合、どこへ行くのやらな」
「さあ」
茶をすすり、俺は熱くなった息を吐いた。
「ああ、左近、ベルリンの壁についてだがな。――」
07/26