死神はまだ現れないのか!
もしや、『俺』は死んだのか? いいやそんな理不尽なこと、あってたまるものか。
だが、あの、上からやってくる白と金の輝きは……、てっ、天使? 天使なのかな、アレ。いやだな。どうして俺が死ななくてはならないのだ。
白金が近づいてくる。近づいてくるとよく見えるが、随分体格のいい男のようだ。男の天使か。なんだかなあ。さらに近づいてくる。結構……、体格がいい。いや、よすぎる。頭が異様に大きいと思ったら髪型が異様だ。たけのこのようにひと房が太い。それが、まるでカツラのようにモッとしている。
天使……なのか。いやだな。本当にいやだ。死ぬこと云々以前にあの天使がいやだ。ムサイ。隣に立っているのだが、頭ひとつふたつ、みっつぶんは違うのではないか?
「よお三成……、じゃあねえな。ま、生まれ変わりだから、ネオ三成ってとこか?」
よくマンガとかにある、ガッハッハ、という笑い声そのものだと思った。
「生まれ変わり、本当にそうなのか」
結局、真実を知りたいと言っておきながら、誰にも真実を与えられなかった。自分でこうではないか、と仮定し続けてきていた。単なるばかだ。
「んー、そういうことになるな。そう言われるのはいやか?」
「もちろんだ。誰も『俺』を見やしない」
「ま、兼続なんかは思い込んだら一直線タイプだからそうかもしんねえがな」
「お前は天使……かなんかか? 俺は死んだのか」
「天使? 俺が? 傾いてるねえ! お前は死んじゃいねえさ。俺は天使でもなんでもねえ」
「俺は死んでいない……。ここは俺の仮想世界か。俺が逃避するために作られた世界か。だとしたらお前も俺の作り出した虚像にすぎない。俺にとって都合のいい真実しか口にしない」
「いーや、それも違うな」
「『俺』は三成なのか?」
「違うな」
「別に、どうでもいい」
固執すべきものはなにもない。
「いまさらだが腹がたって仕方がない。わかるか? この理不尽さに打ちひしがれた俺の感情が。俺は俺であることを求められていないうえに、徹底的に排斥されたのだ。俺のことを認めないだけの人間なら腐るほどいた。俺は意外とそつなくこなすタイプだからな。それでもそれはまだかわいらしかった。あれは単なる妬みでしかありえなかったのだから。だが今、俺の現状はどうであったか。そもそも俺は『俺』という個を認められなかったのだ。天命か? 洒落た言葉を使う。確かに天――神自身が俺という個を蹂躙した。であるからこれは必然の出来事といえよう。天命に反することは可能か? 神はすべてを支配下に置く。俺もそのなかのひとつでしかありえない。俺は神に愛されなかった。なぜなら俺が神を愛さなかったからだ。俺が神を愛さなかった理由? 神が俺を愛さなかったからだ。どちらが先かもわからない。俺が神を愛さなかったのは神に愛されなかったからで、神が俺を愛さなかったのは俺が神を愛さなかったからだ。俺が神に愛されなかった一番の証拠が現状だ。神が愛したのは『俺』ではない俺だ。その俺を神は愛していたからこそ、俺を愛することをしなかった。『俺』の悲劇は俺が死んだときに始まったのだ。神に愛されなかった者の末路! 崩壊、虚無、蹂躙、哄笑、暗澹、安穏、唾棄、狭隘……。俺の生きてきた十七年間はいったい、どれほどの価値と意味があったのだ。神にかかれば簡単にそれは風前の灯となり、消えてしまう。絶対的な幸福は存在しえないが、絶対的な支配は存在するのだ。俺は産まれたときからその支配にがんじがらめにされ、結局棄てられたのだ。俺はいったいなんのために産まれたのか? 運命とはなんだ? 産まれた意味などありはしない。そうだ、産まれた意味を持つ大層な人間などこの世にはいない。ただ、産まれただけだ。なにかをしなくてはならないという使命感は贋物だ。これは自分が決めた道だというものは虚像だ。全て決定されている。不確定性をちらつかせ、そのくせ排除した未来! みんな死んでしまえれば、幸せなのに!」
変な音がする。
世界が崩壊する。構築された秩序も死んだ。白く染まる。俺も染まる。一歩踏み出すたびにけたたましい金属音がする。
「おっしゃ、いっちょ、兼続のダンナをぶっ倒しに行くかね!」
「兼続を?」
「お前も行くんだぜ。逃げちゃならねえ。お前の問題だからな」
「逃げる? 誰が? 俺が敵前逃亡だと? ばかにしているのか」
07/26