神に劣りながら神を殺す存在





「奇妙な展開ですねえ。たかだか碁の一局のために、こんな茶番をしくんだと?」
「とんでもない男だ。ああ。トンデモ兼続め」
「本当にそれだけだとお思いで?」
「あいつならやりかねない。左近、異論があるならば聞こう」
「いえ、異論というほどでも。ただ、本当にそれだけなのか、という漠然とした疑問のみです」

ふむ。確かにその説はありうるな。しかしそれは兼続の独断であろうか。
兼続は異様なほどに義と不義にこだわる男だ。けして、(本人が)不義と思われることをするとは思えない。だが、もしも、兼続の背後になにか影があるとしたら? 兼続は人形でしかありえないことになる。

「誰がなにを目的として? なんの利益があるのだ」
「さあ、そこまでは」
「今、碁を打てばすべてが無駄になる。だから俺を上に連れて行く。これにどういう関連性があるのか」
「左近も知りたいくらいですよ」

わからないことだらけで胃がムカムカする。これは一挙すべてを闇に葬り、解決するしか手立てはなさそうだ。勝手のわからぬこの世界でうだうだと過ごすのはもう飽き飽きした。

「神を縛り上げる」
「結局それですか。最初の話と変わらないじゃないですか」
「いいや、左近。俺とお前がこんなにも混乱しているのはなぜかわかるか? 兼続の行動に一貫性がないのだよ。具体的な例をあげるとしたら『不義を討て』という。これは本来の意味は『お前の記憶を殺せ』ということだ。だが兼続は最初に『ひとは忘却をもっとも得意とする』と示唆した。そのことから『俺』は絶望したのだ。他にも『俺』の記憶を殺すために必要である、『不義』と呼んでいたやつらのうちのひとつ、コダラックマ。あれほどの膨大な記憶を持つ『不義』を討たないことを渋々ながら黙認したことだ。兼続はさっさと『俺』の記憶を殺したかったはずなのに、わざわざそれを見送った。他にも数え切れぬほどそれはあるが、つまり、『兼続は真実を明言しない』しかし『兼続はそれとなく示唆する』ということをくり返しているのだ。これがなにを意味するかというと、兼続にはやはり義と不義のふたつが両棲しているということだ。しかも、『俺』が『俺』を見失い、狂乱の渦へ堕ちてゆく『俺』と同じように、兼続も不義に心を侵食されているのだ。不義の増大の原因だが、『俺』と兼続が話していた内容を当てはめることができる。『不義』をカバーする『義』。兼続の場合、これが反転してしまったのだ。なんらかの原因で。はじめはそれでも義に介入の余地があった。しかし次第に不義に押しつぶされてしまい、いまやあやつは不義の暴徒である。と、考えたのだ」
「なんらかの、ねえ。それが一番の問題ですな。まあ逆説的に考えるのなら、『義』の心が強くなりすぎて、それをカバーするための『不義』に勢いがつきすぎた、とでも? 左近はリアリストですからねえ。そういう精神論についてはノーコメント」
「精神が最もリアルな存在だと思うが」
「いやいやいや、そういう意味でなくてね。兼続殿の精神について左近たちがあれこれ言うのは結局想像、妄想、空想にすぎないって意味ですよ」

それは確かに、左近の言うとおりだ。
だがどうやって兼続の心を見るか、という問題がある。そこで、ある方法を応用すれば可能ではないか、ということを考えた。
現実の左近は元々犬だったせいか、人間になったあとも「わふっ」しか言わない(けっこうおもしろい。しかしなにを考えているかはさっぱりだ)。そのため、俺はともかく元犬左近を隣において寝ることにしている。すると不思議、夢の中で出会えるのだ(陳腐な恋歌みたいだ)。
そうすれば、兼続と夢の中で会う。そして兼続の真実を探る。うむ。これはいけそうだ。

「で、その事実がはっきりした場合どうするんです? まさか、『不義と義ではやはり不義が勝っていた。左近、どうしよう』なんて言いませんよねえ?」
「む……。それは状況を確認してから考える」
「もう、昔っから変わってませんねえ。真の戦略家とは、二手も三手も、いやもっと先まで読まなくちゃなりませんで」
「ふん、俺が負けたのは時の運がなかったせいだ」
「神に愛されなかったからとでも?」
「神? ばかばかしい。あいつを見ろ。あんなのが神になれる世界だ。神などいないも同然だ」

そうだ、あれが神になれるのだ。世も末だな。
それから左近と別れを告げ、俺は目を覚ました。この世界では学び舎に行かなくてはならないらしい。おねね様が憤怒の表情でこの部屋にやってきたときは驚きで呼吸ができなくなった。それだけではない。一度学校を見に行ったら、本当に巨大コダラックマとやらはいるしガラシャだとかくのいちもいる。俺はあそこらへんの女が苦手だ。
しかし本日は学校へ行かなくてもいい日らしい。
押入れを開け、兼続を起こす(幸村はかわいそうだから起こさない)。

「おい起きろ」
「んー、なんだー」
「……いや、起きなくていい」

どうせ探りに行くんだ。俺が隣で勝手に寝ればいいのだ。少し狭いが仕方がない。ひとりで対処できないことがあっても困るから、左近をまず押入れに放り込んだ。驚いて「わふっ!」と言ったが、無視だ無視。
精一杯の憎しみをこめて、兼続の腹に頭を乗せて俺はまた目を閉じた。





07/26