彼だった剥製に宿る残留思念





「この痴れ者があ!」
「ぽめらっ」

神となったらしい兼続の下あごに渾身の一撃をくわえ、俺は手をはたく。きれいな弧を描いて兼続は飛んでいった(どうやらこの体は意外と筋肉質らしい)。
隣で見ていた幸村はパチクリと目を瞬かせて俺と兼続を何度も見返した。幸村には罪はないので殴らない。むしろ幸村は被害者と言えよう。俺は死後の世界の一部始終くらいなら知っている。

「み、つなりどの?」
「幸村、お前もこいつにはいい迷惑を被っただろう。輪廻転生局の人間から聞いた。何者かが笑いながらお前を掻っ攫ったとな。まあその犯人は間違いなくあのボケだろうがな」
「わあ、よくご存知で」
「三成、いきなりなにをする。痛い」
「お前の頭が痛い。お前に悩まされて俺も頭が痛い」

知識の状態は、俺の知識と『俺』の知識が混同している。これならば今の時代の言葉にも悩まずにすみそうだ。まあ長居する気はない。俺はあの世でたぬきと茶を飲みながら義不義論争をしているのだ(四百年も経ったせいか、昔よりは話せるようになった。しかし帰ったら嫌味のひとつでも言われそうだな)。

「なんだ三成、風邪でもひいたのか?」
「盲信ぶりも猪突猛進ぶりも察しの悪さも変わらぬな」
「変わらない……、お前、三成か?」
「お前が『俺』を喰い殺したからな。そうなるようにしたくせに、なにをとぼけているのだ」
「いやはや! 懐かしい! 会いたかったぞ三成」
「俺はあまり会いたくなかったな」

そもそも、兼続よ、お前も死んだのならともに待合室にいればよかったのに。たしかにお前の嫌いなたぬきもいたが、俺はたぬきと全面口論したぞ。なぜお前はそこで道を踏み外したのだ。神になったのだ。
他人の考えることはやはり理解できんな。

「よし、さっそく上に戻ることにしようか。三成も手に入ったし」
「……待て。俺は一応、生身の人間だ」
「問題ない。刺身が生なら三成も生でオッケーだ」
「どういう理屈だ!」
「めほばっ」

違う。俺の予定では、この世界で散々兼続を振り回して、神として失脚させるのだ。そうすれば神の束縛は解かれるはずだ。
嫌な展開になってきた。

「俺を上に連れていってどうするつもりだ」
「……三成殿、覚えていますか? 生前に兼続殿と碁の勝負をしたことを」
「ああ、覚えている。たしか九十九戦中、三十三勝三十三敗三十三分けだ。……おい、もしや」
「どちらがより強いか勝負したいらしいです」

眩暈がする。『俺』の意識がなくてよかった。怒るぞ。『俺』は俺に似ている。怒らないわけがない。

「この痴れ者ッ痴れ者ッ痴れ者ッ」
「いだっあだっ、うぼっ」
「そんなの霊体のまますればよいものを! なぜ神になるまえに俺のもとへ現れなかった! 俺はあの世でたぬきと散々碁を打っているのだぞ!」
「いやだなア三成。忘れたのか? 私は謙信公を追って毘沙門天の元へ向かったのだが、お前は違うところに行っただろう? この宗教関係の枠を乗り越えるのは難しい。だから一旦、生まれ変わったお前に三成の意識をいれて、最後の一局を打とうと思ってな」
「お前は神になったのだから宗教の枠くらいどうとでもできるだろう!」
「ばかもの! 神が規律違反をするなど示しがつかないだろう! 不義だ不義! 不義反対!」
「私は……、兼続殿が一番不義だと思います」

ああ言えばこう言う。口が達者なのも昔から変わらない。眉間の皺が大変なことになってきた。

「ふふん。生まれ変わった三成である『俺』が提唱した『義不義共棲』なかなかおもしろい。確かに私にも不義の一面がある」
「いや、むしろ全て不義だ」
「だが、この最後の一局を打たぬかぎり私は死んでも死にきれん!」

そのために神とまで上り詰めた兼続の執念にはそら恐ろしいものがある。俺は、別にとくに固執していなかったのだが。

「なら、碁を打てばいいのだろう。それで終わりにしよう。そうすれば俺は上に返してもらえるな?」
「む……、むう」
「なにが不満なのだ。まさか、そうできない理由でもあるのか?」
「いや、ない。ただー、三成にー、会えないのがー、さみしいなー」
「私は意外といつでも会えるんですけれどね」
「そうだな。幸村は毘沙門天は関係ないし」
「……幸村と三成はいっつも私を除け者にする」
「で、碁、打つのか、打たないのか?」
「……だがな、そうすると私の今までの根回しが全てむだになってしまうのだが」

一体おまえは、なにをしようとして、どういう行動を取ってきていたというのだ。





07/26