モノクロに染めないで
俺は学校の勉強も単なる雑学も、誰も話し相手になってくれないような小難しい話も好きだ。いわばこれは知的探究心の一端だろう。
俺は真実が知りたい。『不義』の正体と、『ミツナリ』について、『兼続の考えていること』これが知りたいだけだ。他の感情はいまだ模索中で見つからない。
己の欲求のために『不義』を討つことは醜悪なことだろう。俺もそう思う。喩えるならば……、いや、喩えなどないほどばかな答えだ。
それにいつのまにか、最初よりも、こいつらがいることにそこまで抵抗を覚えないことに気付いた。
兼続の言ったとおり、不義を討ち続ければ答えは出るだろう。不義を討つたびに妙な、ぼんやりとした、充足感を得る。
*
そんな気狂いじみた走り書きのメモを見る。乱雑で読みづらいが、確かに俺の字だった。
そうか、俺はそんなふうに思っているのか。
俺は生来から感情に関してはさっぱり疎い人間だ。他人の心情を察知することも苦手だし、自分の感情すら知覚することが苦手というありさまだ。だからたまに、寝る前にメモを片手に寝てみるのだ。すると、ほとんどまどろみ状態で俺はなにか考えていることを書くのだ。
そんなばかなと思うだろうが、意外とできる。特に腹の立つことがあった夜などおすすめのストレス解消法だ。
そのメモを握りつぶして、ゴミ箱に向かって放り出す。自分の感情がわかったところでどうともしない。感情を理解したところで結局、抑制することは難しい。
「三成殿、ため息が多いですけれど……、やはり不義を討つということには抵抗は」
「いや、俺は知りたいだけだ。不義が不義ではないと知った以上、なにかもわからないものを討つのは不義だろうが、それでも知りたい、いや、知る必要があるとすら思う」
「ですがもし知ったとき、三成殿、いえ、『あなた』自身がどう感じるか」
「問題ない。『俺』は『俺』だ。ミツナリが誰であろうと、どうせただのひとりの人間だ。『俺』になにも影響はない」
「……そうですか、ならいいんですけど」
「それはそうと、お前は窓の外を見ることは出来るか?」
「え? 私ってばかにされてますか?」
「いや、情況的に、振り返る勇気はあるか? という問いなのだが」
「ええ、できますよ。もちろん」
ちなみに俺は、窓の外など目に入らなければよかったなア、と思った。兼続がいたら大騒ぎするだろうが、例の『散歩』なので(ついでに愛犬の世話もまかせた)ここにはいない。
振り返った幸村は硬直した。窓の外には窓半分ほどにも大きい無垢かつ無機質な瞳。俺はそれをよく知っている。
「よう、遊びに来たぞ!」
「出たア!」
ガラシャが愉快犯のように笑いながら窓を開けて俺の部屋に侵入してきた。ふと辺りを見ると、幸村が姿を消していた(逃げたなアイツ)。
おかしいな。俺はシリアスなシーンを演じていたはずなのに、なぜ、このコダラックマとガラシャは緊張感のかけらもないのだろうか。もしや俺は、シリアスすらマジメにできないほどのヘタレだというのか。
「む、出たとはなんじゃ。出たとは。余を幽霊のように言うでない」
「出たものは出たじゃないか」
コダラックマはもちろん外で待機させてある(入ってこられたらたまったものではない)。
「遊びにきたって、さっきまで学校だったではないか。用もないのに来るな」
「つれないのう。余はお前じゃなくてねね様に会いにきたというにっ」
「なら一階へ行け!」
言動と行動がむちゃくちゃだ。
それからガラシャは俺の部屋をさんざんに蹂躙していった。そうだ。この女はたまに俺の家にきては俺の部屋だけを荒らしていく。空き巣被害のほうがまだマシだとすら思う。
つまり俺の大切な本棚はベッドの上に倒れて、襖はなぜか丁寧に外され、本棚のなかの本はドミノ倒しの要領で俺の部屋中に並べられた。次いで俺のコレクションの切手は水に張られ、密かに買った筋力トレーニング系の機材はすべて壊された(ガラシャは怪力だ)。
……。
こんな暴挙、許されていいのか! おい兼続、コイツこそ不義ではないか!
「なんじゃ、見つからんのう」
「俺の部屋で何を探すというのだ!」
「エロ本じゃ。健全な高校生ならあるはずじゃとくのいちに聞いたでな」
「ない!」
「なにっ、それは不健全じゃ!」
頭が痛い。この間のように考えてみよう。
俺の頭が痛い原因は『ガラシャ来訪』。ガラシャ来訪の原因は『くのいちにエロ本があるという話を聞いた』。くのいちがガラシャにそう吹き込んだ原因は『俺をからかいたいから』と『男とはそういうものである』だ(この場合後者のほうが楽なので後者にしよう)。男がそういうものである原因は『生殖本能があるから』。生殖本能がある原因は『人類の子孫繁栄の本能があるから』。その本能がある原因は『人間の命は限りのある弱いものだから』。人間の命に限りがある原因は『神がそう創ったから』。となる。宇宙論的証明だ。
つまり俺が頭が痛いのは神のせいだ。ふん。
「そうじゃ! ニワトリはどこじゃ?」
ニワトリ?
「うむ。ニワトリじゃ。一階におるのか?」
「ま、待て。ニワトリ? 俺はニワトリなど飼っていないぞ」
嫌な予感というものを、たまに感知することがある。今がその瞬間である。虫の知らせだなんだということはあまり信じないたちだが、こういう『嫌な予感』というものは、それなりの根拠がある。
ニワトリ。なにか嫌な響きを持っている。
額は油でじっとりと湿っている。
体中の血が床に流れきってしまったようだ。吐き気すらしてくる。
「なにを言っておろうか。ニワトリはそちの愛犬であろう」
……。
…………。
うそだ。
07/26