シャンペンハウエル対話篇





「次の問答と言っても、その調子だと俺がなにを訊いても『それは人間であるお前には言えない』で済まされそうだな。俺の疑問のほとんどが『不義』に対することにベクトルが向いている。『なぜ不義を討つと思い出すのか』『どうして不義がそれを持っているのか』『ミツナリと俺について』『不義はどうしていきなり具現化したのか』つまり、お前曰く上の事情のことを話せないとなると、俺の知りたいことはほとんど闇に葬られてしまうのだ」
「ふむ、たしかにな。だが、不義の具現化の理由は簡単だ。私がこっちにやってきたからだ。お前は少し、神を見くびっているようだが神の与える影響力は意外と強いのだ。そういうわけで、私のこの神々しいオーラの養分を吸って不義は具現化するほどまでに力を得たのだ」
「ならお前が来たことがそもそもの発端だ。お前がいる限り不義は現れ続けるということだ。さっさと上へ帰れ」
「そういうわけにはいかない。私の神々しいオーラ、まあ、義と愛のオーラはそうそうに払拭できるものではない。私が上へ帰ったところで不義は現れ続けるであろう」
「それではまるで八方塞だ。つまり、俺はお前と組みたくもないタッグを組んで、延々と不義と戦い続けなくてはならないではないか。またもパラドックスだ。お前の言っていることは一見、筋が通っているように見えるが、少し掘り下げればボロボロだ。その場しのぎの嘘を連ねることが楽しいのか? お前はミュトスそのものだ」
「いやだなア。私はわかりやすいように説明しているだけなのだが。つまりだな、不義にも限りがあるのだ」
「なぜそう言いきる。ひとの心の不義など叩けば叩くほど出てくる埃だろう。なぜ限りがあるのだ」
「そこには世界的な人口低下が問題している」
「ばかばかしい。人口低下してひとが少なくなったから不義も減った? こどもの理論だな。そもそもお前の言うことはこどものへりくつだ。だいいち、低下したといってもどれだけの人間がいると思っている。……いやまて。違う、逆だ! 世界人口は増加する一方だ。あやうく騙されるところだった。俺の知らないようなことをネタにして騙そうとしていたのか。いいか、人口は二〇〇七年現在、おおよそ六十六億人。一分に百人以上が増え続けているのだ」
「ふむ。三成はやはり、数字に強いな。だがそれは現在の問題だ」
「……未来に、爆発的な人口低下がおこるとでも?」
「おっと、失言だったな。神は必要以上に人間に干渉しないものだ」
「ふん、わざとだろう。そうして俺に心の隙を作らせるのだ。将来的になにか、戦争か、それとも核か、はたまた天変地異かなにかで人口が爆発的に低下するということをほのめかして、問題のすり替えをしようとしたのだろう。どうせ、高校生の俺がそんな不確定な未来の問題を知ったところで、なにもすることができないからな」
「三成はマンガや小説の読みすぎだな。なにもそこまで私は深読みできるほどの情報を与えたつもりはない。なんの、天明の大飢饉の話をしたのだ。あのとき火山の噴火により有毒ガスが成層圏まで上昇して、北半球を覆い、日本に冷害をもたらした。フランス革命の遠因にもなったらしいな。つまり、私は随分長い時を生きたものだから、少々時勢があべこべなのだよ」
「とってつけた言い訳だ」
「それは揚げ足を取るというものだ。そう言われてしまったら、私が何を説明しても単なる『真実を隠すための言い訳』にしかなりえない。与えられた真実すらも闇に葬る気か?」
「たしかに……、そういうことになるな。だが俺は真実と虚偽を見極める目を持っているつもりだ」
「それは自意識過剰だな。それ自体が虚偽」
「……上手く誘導されてしまったな。元に戻そう。『不義』がなぜ具現化したかというと、お前がこの世界に来たことが理由だ。そこまではわかった。結局、『不義に限りがある』ということについて納得できる説明をもらっていないのだがこれについてはどういうへりくつを教えてくれるのだ?」
「まアそうケンカ腰にならなさんな。『富は海水に似ている。飲めば飲むほど喉が渇く』という格言を聞いたことはあるか?」
「ないな」
「ショーペンハウアーというひとの言葉だ。たしかにひとは貪婪で、体を守る布切れが欲しくなる。そうしたら寒さをしのぐもっと大きな布切れがほしくなる。しだいにその布切れに美しさを求め始める……そういったぐあいにどんどん求め続けるのだ。不義にも似たことが当てはまるとお前は思い込んでいるようだが、違うな。お前の言った『義と不義の共棲』について私も少し考えたのだが、確かにそれは一理あるものだと思いなおした。私にも『不義』の心がある。しかしそれは『義』が抑制している。そういうことだ」
「不義は欲を求め続けるが義も同様に抑制する。不義が膨れ上がったら義も呼応すると? 信じられんな。義が呼応し不義を抑制するならば最初から『不義』という概念は必要なくなる。なぜなら抑制された不義は表舞台に出ることはない。俺の言う『義と不義の共棲』は、誰もが『義不義』両方の心を持ち、どちらも実行に移すということだ」
「そこがひとの難しいところでな。己の欲に目がくらんだ不義の心に義が負けることも……ある。いや、あった。しかしそれからというものの、『義』そのものの認識をひとびとは持ち始めた。つまり、今この世にはびこる不義というものは本当に微々たるものなのだ」
「けっきょく、なにひとつとして証明できてやいないではないか」
「これは一種の連続体仮説だからな」
「証明も反証もできない命題だと! ばかばかしい! たしかにそういったことは世の中にはあるべきだが、お前は答えを持っている! 持っているのにあえてそれを後生大事にしまいこんでいる! 俺はなにも知らないままお前の言うとおりにしてればいいというのか!」
「三成」
「なんだ! 俺はミツナリではない、俺は……」
「……どうした?」
「なんでもない。……なんだ」
「お前の求める答えを得るには不義を討つことでしかありえないのだ。さすれば、なにもかも、理解できよう」

結局、神のこの一言で、俺は考えることを放棄してしまう。
俺はもはや、疑問することにほとほと疲れはてていた。疑問を投げ出してしまったら、本当に取り返しがつかなくなってしまうかもしれない。しかし、疑問を投げかけたところで、なにも答えは帰ってこない。
これは、非常にプレイヤーに優しくない、ゲームだ。





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