種明かしまであと少し
「ニワトリも飼いはじめて数年経つが、ちっともおっきくならんのう、ねね」
「そうねえ、お前様」
「トリとニワです。繋げないでください。それにトリとニワはそういう種類ですから」
「むう、よしっ。大きくするにはいっぱい食わせなんだ」
「焼鳥でも食べるかい? ニワトリ」
「そりゃねね、共食いというもんじゃ……」
「トリとニワはチワワです!」
父さんと母さんはよく、チワワをチワワと思わない発言をする。これは人権ならぬ犬権、いや、チワワ権の蹂躙ではないかと思うが、トリとニワを可愛がっていることは事実だ。
しかし、焼鳥を食べさせることは許さない。この毛並み、美しいプロポーションを維持させることに俺がどれだけ身を入れているか。一度ひとの食べ物に慣れてしまったら、ドッグフードなんて食べなくなってしまう。それはだめだ。だいいち、ひとの食べ物は体によくないものがたくさんある。
「トリ、ニワ。サンポだ」
散歩と言うとシッポを振ってリードと散歩袋を引きずってくる。なんて賢く、愛らしいのだろう! 人間には到底ない本能の美しさ! ひとがしつければ我慢をすることもあろうが、やはり本能に忠実な姿は愛らしいの一言に尽きる。
建前もなにもない、唯一の癒しだ。
「ニワトリはわしらには懐かんのう。ねねーっ、わしにはねねしかおらーん」
「いやだねえ、お前様ったら」
この夫婦は何年経っても新婚気分でいる。別に嫌いではないが、息子の(それも年頃の)前で問答無用にいちゃつきはじめることは控えてほしい。
俺には彼女だとかそういう、浮いた話がなにひとつない。そもそも女は苦手だ。母さんを筆頭にガラシャ、くのいちなどなどエトセトラエトセトラ。なぜか、尻に敷かれるのだ。俺にヘタレオーラが出ているとでもいうのだろうか。
トリとニワが物恋しげに鳴いたので、俺はすぐに家を出た。
家を出ると見慣れた住宅街がどこまでも続くように立ち並んでいる。昔はこの辺りは空き地だらけだったのだが、近ごろは似たり寄ったりの外観をした家が次々に新築されていき、すっかり細々した一画に成り果てた。近所を見知らぬ人間がどうどうと闊歩するさまは気味が悪い。
「三成、散歩か。インドア派のお前がなア」
どこからついてきたのか、隣に兼続が姿を現し、まるで実在するように一緒に歩きはじめた。こいつは空を飛んでいないと逆に薄気味悪い。まるで、本当にそこに存在するようだ。
次いで兼続はすっかり機嫌をなおしたらしい。この間のコダラックマの件ではヒヤヒヤしたが、騒動がないに越したことはない(俺の孤独義不義論争もあれ以来ナリを潜めている)。
「トリとニワの散歩だ」
「おお、ニワトリの散歩か。よしよし、お前ら、すばらしい主人を持てて幸せだな」
「触ったところで、お前の姿など見えぬだろう」
フンフンと電柱のにおいを嗅いでいるトリニワの頭を撫でる兼続に、皮肉めいたことを言ってやった。実際に兼続の手はすりぬけている。兼続も「そうだな」と少し憂い気に唇にため息を載せた(失言だったのだろうか)。
トリニワは不意に頭をもたげ、においを嗅ぎはじめた。初めは俺の独り言(に聞こえる会話)を不審に思っているのかと思ったが、トリニワは確かに兼続の立っている辺りを集中してウロウロしはじめた。
兼続に触れようとするが空振りし、驚いたように後じさる。
「?……お前ら、兼続が見えるのか?」
「どうやらそのようだ。やア、ニワトリ。お前は私となにか関係があるのかな? いや……動物には霊感の類があると聞いたことがあるな。ということは、私はこどもにも見えてしまうということか?」
動物のことは聞いたことがないがこどもに関しては聞いたことがある。誰でも幼い頃は霊感があるのだ、というな。(実際に目の前に奇天烈な存在がいるが)俺は霊の類は全く信じていない。
「こどもは……、二歳や三歳になると唐突に、胎内にいたころの記憶を、まるで胎内にいるかのように、進行系で思い出すことがあるという」
「ほう?」
「胎内にいたころに聞いた外の音、母や父の話し掛けてくる声、さまざまな喧騒が、まるで本当に今、聞こえているかのように蘇るのだ。霊感だ霊感だと騒がれていることの大半がこの、母胎回帰によるものらしい」
俺も未だに覚えている。俺にしか聞こえない幻聴、俺に話しかける声、恐怖だった。
「三成はおもしろいことを知っているな」
「別に。たまたまだ。あと、俺はミツナリではない」
雑学を頭に詰め込むのが生き甲斐のようなものだ。ひけらかすつもりなどなかったが、妙な恥ずかしさが尾をひいた。
その時、耳をつんざくような甲高い鳴き声が空に向かった。トリとニワだ。
「不義だ、三成! 今度の敵は少し、傾向が違う」
トリとニワはキャンキャンと吠え回る(体の小さい犬ほどよく吠えるらしい)。
その先には、まるで幾何学的な、形容しがたい、俺くらいの身長のなにかがいた。あえて形にするならば、上を指した矢印に垂れたウサギの耳が生えて、左右非対称の手足を持ったドドメ色の生命体と言ったところだろうか。顔があるかもわからないし、手足に見えるそれが本当に手足かも判断がつかない。ただ、そこに立ち尽くしている。
初めておどろおどろしい姿の不義が現れた。兼続にトリニワのリードを手渡し、扇を受け取った(やはり、神は都合で物理的介入を可能にする)。
「三成、ここで衝撃的告白をしていいか?」
「許可する」
「実は、変身しなくとも不義は倒せる」
「なんだと!」
「いっ、いや、けして陣羽織の三成が見たかったわけではなくてな、そちらのほうが体を防御するのに優れているし。しかし変身しなくても身体能力は変わらないし……」
「なぜもっと早く言わなかった!」
そうすればあんな恥ずかしい格好、しなくて済んだものを!
「それはそうと、三成。あの敵の種類は、寓話だ」
07/26