迷走するけだもの
ようやく購買にたどり着き、俺が見たものは眩暈がするような、とほうもない大きさの、白いダラックマだった(たしか、コダラックマとかいう名前だとガラシャに聞いたことがある)。
そのコダラックマが口からよだれを垂れ流して、購買のパンを漁っている。どうやら周囲にあまり危害をくわえていないためか、暢気な見物人にあふれかえっていた。これは、あえて討つ必要のある不義なのだろうか。眩暈がする。
「なんだね兼続……、あのケダモノは……」
「見ての通り、不義だ」
「見ての通りを言うんだったら、アレは、キャラクターではないか」
「だから前も言ったとおり、不義は他人を欺く偽りの姿を持っているのだ」
「しかし、あやつはパンを漁っているだけではないか。周りに危害も加えていないようだし。このまま放っておくというのは普通になしか?」
「普通になしだ。三成、お前らしくないぞ。不義を放置するなど、お前の心の義はどうしたというのだ」
そうと言われても、困る。
俺は未だに不義の塊と言われてもピンと来ぬし、ひとに害を与えないのならば、なおさら討つべきなのであろうか、とも思う。同時に、ひとの業が生んだ不義の命を、ひとの勝手で消し去ってしまうことにも、わずかな抵抗があった。
たしかに覚えたてバージェス動物群を忘れたことは憎い。だが、きっかけはなんであれ、忘れたことは俺自身の責任であるから、責任転嫁も甚だしいところなのだ、実際は。
「しかし、あいつは……でかいぞ」
「それほど学生の不義が募ったのだ。あれは浄化してやるしかないだろう」
「しかし……、パンを食べようとしているぞ」
「食の煩悩を得て、さらなる力をつけようとしているのだ。今、あいつは油断している。今しかないぞ!」
しかし……、と言い訳を募ったところで無意味だ。結局、俺という人間に与えられた道はひとつなのだ。ひとはいかにも、自分は自由であり、好きな道を選んでいるようなそぶりだが……、俺は人間であるという道や、男であるという道をそうそうには捨てられない。決まった道が必ずあるものなのだ。特にこの神に憑かれてからというものの、俺には選択の余地がまったくない。
俺にはあのコダラックマを討つしか道はないのだ。なぜなら、アイツがいる限り、この購買部は破産するし、学生の不義を吸収してどんどん成長していくからだ。
「三成、それは優しさとは言わない。同情とも違う。甘さというのだ」
「うるさい。わかっておる。あやつもかわいそうなヤツだ。不義によって生まれ、討たれるのだ」
「解放してやるのだ」
それがひとの驕りというものなのだろうが、俺はひとである限りひとの驕りはけして、捨てられない。
人垣から離れ、巨大コダラックマに照準を合わせる。この義ビームは意外と遠くまで飛ぶらしく、遠距離でも腕さえ確かなら大丈夫ということだ(俺はその昔、祭りの屋台で、射的の帝王と言われていた)。
しかし、いくら可愛いものでもあれほど大きいとなかなか迫力がある。ガラシャあたりがいたら狂喜して飛びつきそうだが……。
「麗しいのう! のうおぬし、いったいどういったからくりで動いておるのじゃ? 余にも見せてほしい!」
噂をすればナントヤラ。そんな一節が頭をよぎった。
ガラシャは期待を裏切らない女だ。嬉しそうにコダラックマによじ登って、肩のあたりに落ち着いている。どうやらあれが機械かなにかで動いていると信じ込んでいるようだ(俺だって、神がうんたらだとかなければ、機械かなにかとしか思えない)。
しきりにコダラックマに話しかけたり、仕組みを調べているのかちょこまかと動き回る。
いかん。このままでは、俺はガラシャに義ビームが当たることを恐れ、撃てないままだ。
「……撃てぬっ!」
「うむ。あのガラシャ殿も……、エキセントリックなひとだ。このままではいつあの不義が暴走するやもしれぬ。足元へ周り、チャージ2だ」
「チャージ2?」
「おや、知らぬか? お前は前回の戦闘を経てレベルアップしたのだ」
「初耳だ」
そうか、1があれば2もあるものだ。しかしどういったものかちっとも想像がつかない。ビームが増えるとか? いや、足元へ向かうのだから、もっと直接的な攻撃だろう。
ともかく、今の俺はダラックマ仮面だ。誰にも正体はバレない。人前に出ることなど、恐れる必要はない!
「よし、行くぞ、兼続」
「ああ、フォローはまかせてくれ」
いったいどういうフォローがあるのか、まったく想像できなかったが、あるに越したことはない。俺は人垣を掻き分けて巨大コダラックマの足元に立った(なんだかギョッとされてしまったが、格好と面のせいだろう)。
近寄ってよくよく観察すると、見た目は本当にただのぬいぐるみだった。ふんわりとした繊維に、触ったらへこみそうな、綿がつまっていそうな足。これが不義なのか。学生の業なのか。
「むむっ、下の者。そちの面、愛らしいぞ。余はそれが欲しい」
「うるさいっ! お前はさっさとそこから降りろ!」
「いやじゃ、このコダラックマは余のものじゃ」
「ぬう……」
ガラシャは少し、思い込んだら一直線、というような気質がある。いや、自分の好きなものに関することでは、特に、というところか。ともかく言うことは聞いてくれないだろう。
いやあるいは……、ダラックマの言うことは聞いてくれるだろうか。……ならぬ! 俺が、この俺がダラックマの真似事など! だいいちどんなキャラかも知らぬのに! だが……、背に腹は変えられぬパターン二だ。
「ガ、ガラシャさん、そんな高い、場所、あぶ、ないよ」
「なんと! そちはダラックマであったのか!」
そんな、ばかな!
「むしろ、そちもこっちへ来てはどうじゃ? このコダラックマ、パンを漁ってはおるが悪意などちっともないぞ」
誘われてしまった。しかし俺はヤツを討たなくてはならない。だからそんな誘いに乗るわけにはいかない。だが、少し、上ってみたい気もする。ええい、兼続はなにをしているのだ!
そんなジレンマに襲われていたとき、とうとうコダラックマに動きがあった。今までパンを漁っているかと思ったら、とつぜん、ガラシャに手を伸ばしたのだ。
「ガラシャ!」
「おおっ?」
潰されるのだ!
そう思って、急いでチャージ2とやらを実践しようとしたが、致命的な事実をつきつけられた。まったくやり方がわからぬ。もう間に合わない! ガラシャはたんなる動きもしない肉の塊になってしまうのだ!
決意もなにもつかないまま、呆然とガラシャと巨大な手を見ていた。
「なんじゃおぬし、愛いやつよのう」
俺の予想に反して、コダラックマはその手でガラシャをつんつんとつつくだけで、なにも危害を加える様子はない。
「かわいいやつじゃ」
なんだか丸く収まってしまったようだが、どうする? 兼続。
07/26