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シニシズムじみた





俺は選ばれた人間らしい。
いや、けして選民思想にかぶれているわけではなく、お前は選ばれた人間なのだ、と断定されたのだ。

「お前は選ばれた人間なのだ」
「誰が、なにを基準にし、どういった根拠で、なにを成すために?」
「私が顔を基準にし独断と偏見でこの世の不義を討つために」
「それならば慎んで辞退しよう」

意味がわからない。
変な男が現れたかと思えばそいつは俺を選ばれた人間だという。何度考えても意味がわからない。
そんなことは俺ではなくもっと別の人間にすればよかろう。なにも、必ずしも俺である必要はないのだから。

「残念だが、私はもうお前――三成を選んでしまった。同時にお前には、不義を討つための能力も宿ったのだ! すべてが手遅れだ!」

手遅れって。まるで自分が悪者だと理解しているような言い草だ。
しかし、能力、だと? わからぬ。いやそれよりも、困った。この男はきっと頭がクルクルの人種なのだ。相手にしてられん。

「そうか。それは残念だった。俺は寝る」
「待てっ、三成!」

そういえば、さっきもこいつは名を呼んだが。俺の名前はミツナリではない。いや、俺もそういう、ちょっと立派な名前ならよかったのだが。
ああ、そうか。人違いだ。なんだ。それなら納得できる。こいつは俺とミツナリという人間とを間違えているのだ。だから俺は選ばれていない。ほおら、必ずしも俺である必要ではない。

「俺はミツナリではない」
「なにっ! お前が三成以外の誰であるというのだ!」
「ふん、名も名乗らぬヤツに名乗るほど酔狂ではない」

この男、さっきからわめいてばかりでうるさい。こういう、落ち着きのない人間は嫌いだ。同じ空間に存在するだけで疲れる。

「それもそうだな。すまなかった。よければ、私の不義を許してほしい。私の名をシャンペンハウエル」
「……」

ふざけているのかもしれないし、真剣なのかもしれない。
外人か? しかしこの男の顔立ちはどう見てもアジア的なものであるし、髪だって漆黒だ。そもそも、日本語が達者だ(そりゃ、不義なんて言葉、使う人間は滅多にいないが)。

「和名は直江兼続という。私の名に、聞き覚えはないか?」
「いや……ないな。シャンペンくらいなら聞いたことはあるが」

まあ、未成年だから俺は酒は飲まないが。あれ、シャンパンか。いや同じだよな。
それよりも、和名? なんだそれは。植物かなんかか。そのうち学名なんてものも出てくるんじゃないだろうな。

「そうか……、覚えていないのか」

寒気がした。
小さい頃に会ったんだよ、と言われるくらいなら耐えられるが、もし、前世で私たちは親友だったのだ、とか、恋人同士だったのだ、なんて言われたら、俺は力の限り叫ぶだろう(いや、今も叫びたい衝動を抑えている)。
そもそもこの状況が異常であることに、俺は気付くのが少し遅すぎた。夕飯までの間を部屋でくつろいでいた俺にいきなり話しかけてきた人間だ。つまり、こいつは不法侵入したのだ、俺の部屋に、窓から。
こういうときは相手を刺激しないように、そうっと、穏やかに話そう。隙を見て警察に電話して、いや、その前に父さんと母さんに助けを求めるんだ。

「……で、その、シャンペンさんは、なぜ、ここにいるのだ」

俺は生来から、ひとに穏やかに接することが苦手だ。ひとを怒らせることが得意なのだ(まったく不名誉なことだが)。

「いや、三成。そんな他人行儀にしないでくれ。私のことは兼続と呼んでほしい」
「あ、ああ。兼続か」

フレンドリーな侵入者だ。なにが目的だ?
この侵入者の目的がミツナリに会うことであるのならば、俺はもしや、とんでもない火の粉を被っただけのまったくの他人ではないだろうか。こいつはさっきからミツナリミツナリと言っているし、その可能性はある(むしろ、その他の可能性にどれほどの力があるのだ)。

「三成はもう、私のことは覚えていないのだな。いや、致し方あるまい。ひとというものは、忘却を最も得意としている。お前が悪いわけではなくて、これはひととして当然のことだ。それに最後に会ったのは遥かに昔の話だ。覚えている私のほうがよっぽど、いや、お前は少し特殊だったな。なに、かまわないさ。また新しい関係を築けばいいだけだ。そうだろう? 三成」

誰かこの兼続とかいう男を黙らせてくれ。俺はミツナリではないという最初の主張はすっかり忘れてしまっているようだ(こいつの言うとおりだ)。
こういう人間は、俺と少し似ている。
俺もこいつのように、自分の考えたことをこねくりまわしては、たたみかけるように、聞かれてもいないことをペラペラと喋ってしまう癖がある。いざ、傍聴する立場になって、ようやく、いかに迷惑に感ずるかを知った。これからは自分を抑制し、簡潔に、わかりやすく話すこととしよう(兼続、教訓をありがとう。侵入者とばかにするわけにはいかないな)。

「だから俺はミツナリではないと」
「そうだ三成! 冒頭で言ったお前に与えた不義を討つための能力だがな、試してみよ!」
「はア?」

刺激してはならない。こいつは侵入者だ。武器を所持しているかもしれない。頭がクルクルなのかもしれない。落ち着くのだ、俺。


「変身できるのだよ! さア、両手を合わせて祈りの体勢へ! 全能神シャンペンハウエルよ、不義を討つ力を与えたまえ!」


ところで、この男は俺の部屋で散々わめいているわけだが、父さんと母さんはこの異常にこれっぽっちも気付かないのだろうか?



07/16